私たちが扉を閉ざしたとき、私たちはすべてを失った。

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#本の旅 #近現代史 #Overseas

目次

  1. 西側世界では誰も読まない本を、一人の西側人が読んだ。
  2. 習近平は何を語ったのか
  3. 習近平は、歴史を他責から自責へ転換した。
  4. 近代とは何か
  5. 1. 外交:外の世界との付き合い方
    1.1. 西洋化ではない近代化
    1.2. 拒絶と模倣の間
    1.3. 自力更生と開放
  6. 2. 内政:権力組織が腐らないための仕組み
    2.1. 挑戦と萎縮
    2.2. 自己監督と他者監督
    2.3. 「歴史の循環」からどう脱するか
  7. 3. 制度の正統性とは何か
    3.1. 歴史という土台
    3.2. 自己改革そのものが正統性
    3.3.「完璧ではないという認識を制度化する」
    出典一覧

西側世界では誰も読まない本を、一人の西側人が読んだ。

最近読んだアルノー・ベルトラン(Arnaud Bertrand)の記事、 “The Book the West Refuses to Read, JUN 25, 2026”(「西側が読もうとしない本」)は、習近平著『中国の統治(The Governance of China)』という本を取り上げるのだが、この本に関して、まともな書評が西側では全く存在しないという発見から、ベルトランはこの記事を書き始める。[1]

まず、その単純な事実自体に大きな意味があることが、この書評の読後に分かる。頭に残るのは、習近平でも中国でもない。「近代とは何だったのか」「西洋とは何だったのか」というもっと大きな歴史認識に関する問いだ。もし読者が日本人なら、「日本は何をしてきたのか」を問わざるを得なくなるだろう。

「扉を閉じる」とは、文明が自分とは異なる世界を理解する努力を放棄した瞬間の比喩だ。

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まず、ベルトランが記事のタイトルにした「西側が読もうとしない本」は、まさに西側の「扉を閉じる」行為の暗喩として機能している。これは、単に一冊の本を読まないというだけの話ではない。一つの文明がそれとは異なる文明を理解する努力を放棄した姿がそこに映る。

「西側世界(The West)は実は人類の癌である」と指摘する人は、常に少数ながらいた。それとは全く逆の「西側が世界の発展を引っ張ってきた」という物語は今もかなり有力だ。西側世界では、その物語の外に出ようとしない人が多数派ということだ。そして、その西側物語の内に閉じこもって出ようとしない人々の中に、多くの日本人も含まれる。ベルトランの書評を日本人が読む価値がそこにある。

こうやって「西側」を主語にして書くと、非常に挑発的だと感じるかもしれない。しかし、言葉を少し変えて、「近代西欧文明は人類の癌である」のような言い方にすれば、いろんな分野でそんなことを聞いたことがある人も少なくないだろう。

現在、中国の発展を脅威とみなす人は西側ではもう珍しくはない。経済力、技術力、軍事力などだけでなく、あらゆる分野で、中国がアメリカに追いつき、追い越しているのが現状であることが、ようやく西側でも広範に共有される知識になってきた。それに憤慨し、中国に敵意をむき出しにする人も目立ってきた。

軍事であろうとスポーツであろうと、いかなる分野においても、敵対者に勝とうとするなら、敵対者を知るのが第一歩だろう。西側にとって、敵の総大将が習近平なら、彼を知ろうとするのが最初の一歩のはずだ。ところが、アメリカでは彼の著作の書評の一つもない。これは本来は実に妙なことだ。しかし、この現象こそが、アメリカが中国に急速に後塵を拝し始めた原因でもあると、ベルトランは習近平の思想を解読しながら示唆する。

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『中国の統治』は大きな本だ。第1巻は2014年に出版された。最新の第5巻が日本語で出版されたのは、今年(2026年)だ。[2]

確認された限りでは、第5巻の中国語・英語版は2025年に刊行され、2026年にはフランス語、ロシア語、アラビア語、スペイン語、ポルトガル語、ドイツ語、日本語、中国語繁体字版の8つの版が刊行された。[3]

内容は、習近平によるスピーチ、談話、講演、インタビューへの回答、指示、祝賀メッセージなどを集めたものになっている。日本語版の書名は『習近平 国政運営を語る』だ。

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正直に言って、私はこの本を「どうせよくある権力者のプロパガンダ本だろう」と思っていた。政治的な宣伝を目的としていなくても、「自伝」的なものには、言い訳や自己正当化、自画自賛がつきまとう。語りたくないことは伏せられ、ときには嘘も交じる。そうして「自分はこうありたい」という願いが、「自分はこう生きてきた」という物語に形を変えていく。

それをすべて否定するつもりはない。人は、自分の過去にストーリーをつけ、「自分はこういう人間だ」と語ることで、自我を支えているのだろう。ただ、自我を支える物語が、現実の自分と一致するとは限らない。自分で描いた自画像と、そこには収まらない自分とのずれに向き合う痛みが、成熟過程には伴う。ところが、すべての大人が成熟しているとは限らない。だから、何歳になっても自分が気持ち良くなる物語を繰り返し、語り続ける人は、いくらでもいる。

このことは、個人だけでなく、私たちが帰属意識を持つ集団にも当てはまる。私たちは、自分の国や郷土、会社や学校について(国史、社史、校史)、自分自身のことであるかのように誇りや恥を感じる。その集団への評価を、自分への評価のように感じるからだ。所属は単なる経歴や分類ではなく、「自分は何者か」という感覚の一部になっている。

その感覚は、自分が生まれる前の過去にも及ぶ。国の歴史も、会社や学校の歴史も、自分が経験したわけではないのに、「私たちの歴史」として誇りや恥の対象になる。「私たちは何者か」という理解は、「私たちはどこから来て、何をしてきたか」という物語に支えられる。個人が自分の過去を語りながら自画像を形づくるように、集団もまた、その歴史を語り継ぐことで「私たち」の姿を形作る。

習近平は何を語ったのか

2023年2月7日、習近平は、新たに選出された中国共産党中央委員会委員・候補委員、および省・部級主要幹部を対象とした学習会で講演を行った。ベルトランは、この講演の冒頭部分を全文引用して「この演説は実に驚くべきものだ」と書いている。習近平は何を語ったのか?[4]

まずはっきりしたのは、習近平の演説集とも言えるこの本は、外国人向けに、中国を易しく説明している本でも、嘘八百のプロパガンダ本でもなく、中国人に向かって中国を説明している本だということだ。私の直感は完全に間違っていた。

この本が描いているのは、最高指導者が、実際に国策を遂行する責任を負う人々に向けて、彼の考えを詳細に説明している図だ。それがそのまま8ヶ国語に翻訳されて公刊されているのだ。

我々、日本人は、日本の権力中枢の壁の向こうで何が話されているか、どれくらい知らされているだろうか?

習近平は、歴史を他責から自責へ転換した。

中国近現代史の一般的な説明は、アヘン戦争から、現在の中華人民共和国が成立した1949年までの100年余りを「屈辱の100年(Century of Humiliation)」と呼び、そこから中国人民は立ち上がって共産党政権が成立したというものだ。

拡大した文脈で言えば、19世紀、中東から極東までのアジアを襲来した帝国主義列強、つまり西欧近代とそれに対するアジア側の様々な対応があったが、それが中国では「屈辱の100年」という形で現れた。それについては、芥川龍之介『支那游記』を読む(1)も参照してほしい。

ところが、習近平は、アヘン戦争ではなく、明王朝に始まった鎖国政策から中国の苦難の歴史を説き始める。これは単に「いつ」の話から始めるかということではなく、「誰」の話から始めるかということだ。中国が遭遇した問題の根本的な原因は、西欧帝国主義の襲来ではなく、中国自身にあったと習近平は言い始めた。アヘン戦争という帝国主義の象徴的事件に始まる「屈辱の100年」以前に、中国に責められるべき問題があったと言うのだ。習近平は、ここで「他責から自責へ」という驚くべき転換を行っている。
習近平の演説の冒頭部分を引用する。

中華民族は五千年以上に及ぶ文明を誇り、長い間、世界の最先端に立っていた。しかし、明王朝(1368~1644年)後期に始まった鎖国政策によって、中国は産業革命、さらにその後に続く科学技術革命の波がもたらした歴史的機会を逃してしまった。これに国内の混乱と西洋近代化の衝撃が重なり、中国は衰退への道を歩むこととなった。1840年のアヘン戦争はその決定的な転換点であり、中国は半植民地・半封建社会へと転落し、人民は筆舌に尽くし難い苦難を味わうことになった。[5]

歴史学的に言えば、中国は明王朝の初期から海禁政策を採っていた。[6]しかし習近平は、それを細かく論じようとはしていない。彼が問題にしているのは、「世界との接触を自ら閉ざした結果、中国は産業革命とその後に続く科学技術革命の歴史的機会を取り逃がした」ということであって、西欧帝国主義の襲来はその後にやって来たということだ。そして、それが「中国の衰退を招き」、その結果として西側諸国は中国を「半植民地・半封建社会へと転落させ、人民に筆舌に尽くし難い苦難をもたらした」のだと説明している。

彼は「屈辱の100年」をもって中国を被害者ポジションに置いて歴史を語るのではない。まず中国自身を責めているのだ。西側(及び日本)がその状況につけ込んだのは、中国自身がまず衰退していたことの結果にすぎない。

ベルトランは、ここから今日の中国の行動原理を理解しようとする。中国を動かしているのは屈辱への復讐ではない。「二度と、あのような事態を自ら招く国にならない」という決意なのだと。現在の中国の数々の政策は象徴的にその決意を示している。[7]

・ほとんど神聖視されるほどの「改革開放」
・科学技術への徹底した重点投資
・世界経済から撤退するのではなく積極的に統合しようとする姿勢

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