【Overseas-54】米・イランMOU 14項目を読む−アメリカの黄昏かイランの夜明けか

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この記事は、アメリカとイランが合意した14項目のMOU(Memorandum of Understanding)を、現在の世界の文脈の中に位置付けて読むことを目的にしています。MOU自体は、下の記事に英語原文と日本語訳を載せていますので、そちらを参考にしてください。

目次

  1. アメリカの降伏文書か、勝利宣言か
  2. 2月28日〜6月17日:MOU公表までの交渉過程
  3. アメリカvs イスラエル
  4. 第1項 全戦線の恒久停戦とレバノンの主権・領土保全
  5. 第2項 相互主権の承認と内政不干渉
  6. 第3項 60日以内の最終合意交渉
  7. 第4項 米国の海上封鎖解除と軍事的後退
  8. 第5項 ホルムズ海峡、60日間無料通航、そして沿岸国主権
  9. 第6項 3000億ドル以上の再建・経済開発計画
  10. 第7項 全制裁解除への道筋
  11. 第8項 核兵器不保有、濃縮物処理、そして「核問題」の位置
  12. 第9項 最終合意までの現状維持
  13. 第10項 イラン原油輸出の即時再開
  14. 第11項 凍結資産の利用再開
  15. 第12項 履行監視メカニズム
  16. 第13項 先行履行と最終合意交渉
  17. 第14項 国連安保理決議による最終合意の承認
  18. 参考記事・動画

アメリカの降伏文書か、勝利宣言か

このMOUは、表面的には「米国とイランの停戦合意」あるいは「イラン核問題をめぐる覚書」として報じられた。14項目を順番に読んでいくと、この文書は、米国・イラン戦争を終わらせるだけでなく、レバノンの主権確保、米軍の撤退、ホルムズ海峡の管理、米軍の海上封鎖解除、イラン制裁解除、凍結資産解放、そして最終合意の国連安保理承認まで含めて、まるでアメリカのイランに対する降伏文書のように見える。しかし、それと同時に、この文書の特殊性は、トランプ大統領が歴代米大統領の中で初めてイスラエルと真っ向から衝突する立場を選んでいるという点にある。このMOUの内容が今後どのように実現していくか、あるいは反故にされるのかはまだ分からないが、この文書には歴史的な、あるいは劇的な中東秩序再編の方向性が含まれている。以下は、条文ごとにその“方向性“を見ていく。

最も重要なのは第1項である。米国とイランの合意であれば、当然、核問題が最初に来ると思う人も多かったかもしれない。しかし、このMOUはそうなっていない。冒頭に置かれているのは、全戦線での軍事作戦の即時かつ恒久的終了であり、その中に「レバノン」が明示されている。しかも、単に「レバノンでの戦闘停止」と書いているだけではない。「レバノンの領土保全および主権を確保する」とまで書いている。

これは決定的である。

この一文は、イスラエルによるレバノンへのなし崩し的侵攻、南部レバノンでの恒久的な軍事駐留、あるいは「安全保障上の緩衝地帯(Buffer zone)」という名目でイスラエルがやってきた事実上の領土拡張を阻止する意味を持つ。つまり、このMOUは、イランに核兵器を持たせないための文書である以前に、イスラエルがレバノンを切り取ることを止める文書でもある。
ここに、この文書の政治的爆発力がある。

米国とイランは、MOUの中でイスラエルを名指ししていない。しかし、レバノンを明記し、レバノンの主権と領土保全を明記することで、実質的にイスラエルの行動を制限する。イスラエルという名前を出さずに、イスラエルを縛る。だからこそネオコン、親イスラエル派、イスラエル政府内の強硬派は激しく反発している。

この第1項は直前の経緯を踏まえて読む必要がある。既に4月から米国とイランの停戦交渉が進んでいた。4月8日、イランとアメリカの停戦が合意された直後、イスラエルはレバノン攻撃を行い、停戦合意をぶち壊しにすることに成功した。その時、トランプはネタニヤフに激怒したと報じられた。

その後も、停戦交渉に進展があるたびに、トランプはメディアに「戦争は終わった」と話したが、ネタニヤフは全力でそれを阻止して来た。その結果が、39回の戦争終結宣言としてCNNがビデオにまとめて揶揄されることになった。もはや、トランプの言葉を信じる者は誰もいないという状態に至った後に公表されたのが、このMOUであった。
これまでの交渉過程を簡単にまとめてみる。

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2月28日〜6月17日:MOU公表までの交渉過程

2月28日
米国・イスラエルによるイラン攻撃開始。国連安保理でも米・イスラエルの攻撃とイランの反撃が議題化。以後、戦争はイラン本土、ホルムズ海峡、レバノン戦線を含む地域戦争化する。

3月下旬〜4月初旬
パキスタンが仲介役として浮上。Reutersは4月2日、パキスタンが米・イラン戦争の仲介国として急浮上した背景に、パキスタン軍トップAsim Munirの役割があると報道。

4月5〜8日
パキスタン仲介で停戦案。報道ベースでは、4月8日に米国とイランが2週間停戦に合意。これは恒久和平ではなく、交渉を始めるための暫定停止。

4月8日直後
イスラエルは「停戦はレバノンに適用されない」とする立場を取り、レバノン攻撃を激化。停戦交渉は一時頓挫。

4月11〜12日
イスラマバードで米・イラン高官協議。Reutersは、米・イランの「半世紀で最高レベル」の直接協議と報道。米側はJD Vanceら、イラン側は高官団が参加し、戦争終結、ホルムズ海峡、制裁、核問題を協議したが、合意には至らず。

4月21日頃
トランプが、パキスタンの要請を受け、イラン側提案提出のため停戦延長に言及。

4月24〜25日
第2ラウンドは混乱。Araghchiがイスラマバード入りし、再開期待が出たが、米側代表団の訪問はキャンセル。Araqchiはパキスタン側と会談して離国し、米・イラン直接協議は成立しなかった。

5月6日
米国案をイランが検討。Reutersは、米国案が「戦争を正式に終わらせるが、核停止とホルムズ海峡再開という主要要求は未解決のまま残す」構造だったと報道。

5月18日
パキスタンがイランの修正案を米国に伝達。和平交渉は停滞していたが、イラン側から修正版が出る。

5月21〜23日
進展報道。米国務長官Rubioが「進展はあるが作業は残る」と述べ、争点は高濃縮ウラン、制裁解除、ホルムズ海峡。5月23日には、パキスタン軍トップAsim Munirがテヘランで協議し、イラン側はMOUに向けた枠組みを作業中と報じられる。

6月1日
重大な危機。イランは、イスラエルのレバノン攻撃を理由に米国との交渉離脱を警告。Axiosによれば、トランプはネタニヤフに電話し、ベイルート攻撃計画を止めさせた。ここで有名な “You’re fucking crazy(お前は頭がおかしい)” が報じられる。

6月14〜15日
米・イランが暫定合意に到達。Reutersは、米・イランが戦争終結の予備合意に達し、金曜署名予定と報道。内容にはホルムズ海峡再開、制裁緩和、凍結資産、核問題の後続交渉が含まれる。

6月17日
トランプ、フランスのエビアンで開かれたG7でMOU本文を公表。14項目の文書として、レバノンを含む全戦線の停戦、レバノンの主権・領土保全、米国の海上封鎖解除、ホルムズ海峡管理、制裁解除、凍結資産、核問題、60日交渉、安保理承認などが示される。この時の記者会見で、トランプは一切言葉を濁さずイスラエルの不満を披露した。

6月18日
イランのペゼシュキヤン大統領がMOUに署名。

6月19日
イスラエルがレバノンに猛爆撃を再開、スイスで予定されていたイラン・アメリカの後続協議は延期。Reuters/AP/Guardianが報道。

アメリカvs イスラエル

3月以降、レバノン保健当局は、イスラエル軍の攻撃によって3,200人以上が死亡したと報告している。イスラエルは標的はヒズボラのインフラに限られていると主張しているが、数百棟の民間の住宅や建物が破壊された。
6月14日のベイルート攻撃は、トランプにとって最後の一線を越えるものだった。その怒りが17日のエビアンのG7サミットの傍らで開かれた記者会見で現れた。

「アメリカがなければ、いや、アメリカ合衆国がなければイスラエルは存在しない。私がいなければイスラエルは存在しない。なぜなら、私がやったことをやろうとした大統領は他にいなかったからだ。私はビビ(ネタニヤフ)と素晴らしい関係を築いてきた。しかし今は、レバノンに関してもっと責任ある行動を取らなければならない。」
「私はあの攻撃が気に入らなかった。何機かのドローンが飛ばされたという、ごく小さな出来事を理由に攻撃を行った。すると彼らは非常に大規模な……私はあの攻撃を見た。爆弾がどこに落ちたかも見た。見ただろう? あれは凶暴だった。やり過ぎだった。」

「私はイスラエルのレバノン対応にも、ヒズボラ対応にも満足していない。もっと早く片付けられたはずだ。いつまでも終わらない。そしてそうなると、大きな合意に悪い影を落とす。その大きな合意というのがイランとの合意だ。」

「だからビビについて聞かれれば、我々は信じられないほど良い関係にある。しかし、私が介入していなければイスラエルはとっくの昔に吹き飛ばされていただろう。」

これほど明瞭にイスラエルに苦言を呈することが出来たアメリカ大統領は今までに1人もいなかった。アメリカ・ファーストを信じていたMAGAフォロワー達は、トランプまでイスラエル・ファーストであること憤慨して、MAGA離れも始まっていた。このMOUを見て、Trump is back (トランプが戻ってきた)と歓迎する声が出てきた。もちろん、米国内のシオニスト、親イスラエル派は激昂しているのだが。

J.D.ヴァンス副大統領は、トランプがG7出席中にホワイトハウスの記者会見で、トランプよりさらにはっきりと、語っている。

Axios の報道で、ネタニヤフ首相が激怒しているという話は読みました。しかし、それは私が彼と交わしてきた会話の内容とは一致していません。もっとも、彼が私には言わず、別の誰かにはそう言っているのかもしれませんが。

ただ、一つ言いたいことがあります。そしてこれは実際に私を苛立たせていることなのですが、ネタニヤフ政権の閣僚の中には、この合意を公然と攻撃し、さらにはアメリカ合衆国大統領個人を非常に個人的な形で攻撃している者たちがいます。彼らに対する私のメッセージは二つあります。

第一に、ドナルド・J・トランプは、現在この世界で、イスラエル国家に共感を示している唯一の国家指導者です。
そして、その人物はたまたま世界唯一の超大国の指導者でもあります。もし私がイスラエル政府の閣僚だったなら、世界中を見渡しても残された唯一の強力な同盟国を攻撃するようなことはしないでしょう。

そして第二のメッセージです。これはアメリカ合衆国大統領を攻撃しているイスラエルの一部閣僚に向けたものです。
ネタニヤフ首相自身について言えば、彼はこのような道には進んでいません。その点は彼の名誉のために言っておきます。
しかし、その閣僚たちに対して私が言いたいのは、過去三か月間、イスラエル本土を守ってきた防衛兵器の三分の二は、アメリカ人の手によって製造され、アメリカ国民の税金によって支払われたものだということです。

イスラエルの問題はドナルド・J・トランプではありません。そして、自国最大の問題がアメリカ合衆国大統領だと思っているイスラエル人がいるのなら、その人たちは現実を直視するべきです。自分たちの国が置かれている状況をよく理解するべきです。

これは、イスラエルに対して、かなり直截的で強烈なメッセージだ。アメリカの大統領と副大統領が揃って、イスラエルに対して、これほど明確に、毅然とした態度を示したのは、文字通り前代未聞だ。

その一方で、ネタニヤフは、テレビ演説でレバノンからの即時撤退を否定した。

「レバノンについて言えば、我々はそこに緩衝地帯、すなわち安全地帯を設けた。我々は必要な限りそこに留まるつもりだ。イランは我々がそこから撤退することを望んでいた。しかし、それは実現しなかった。なぜ実現しなかったか分かるか。理由はいろいろあるが、その一つは私が極めて断固とした姿勢を貫いたからだ。

私はこの問題について非常に断固たる決断を下した。そして私は、アメリカの友人たちもその決断力と毅然とした態度を評価していると思う。我々がそこに留まるのは、北部の住民を守る必要があるからだ。そして、それ以外にも理由はある。いずれにせよ、我々は行動の自由を維持したいし、その行動の自由を守るために行動するつもりだ。」

米・イラン合意は、イスラエル首相にとって政治的悪夢だろう。いまやイスラエル最大の敵、イランと、イスラエルにとって最大でもはや唯一の味方、アメリカが停戦を合意し、近づいてしまったのだ。

極右政党「ユダヤの力(Otzma Yehudit)」を率いる国家安全保障相イタマル・ベン=グヴィルは次のように述べた。

「トランプの合意は我々を拘束しない。我々は、この国の安全を保証しないような合意の当事者ではない。」

野党指導者ヤイル・ラピドは、ネタニヤフの選択肢はますます狭まっていると主張した。

「最大の同盟国との直接的かつ破壊的な対立か、それともイスラエルの利益を従属的に明け渡す降伏か、そのどちらかだ。」
MOU署名直後にイスラエルが再びレバノン攻撃を行ったのは、MOU第1項そのものへの挑戦である。そして、これまでイランとアメリカが交渉を進める度に、ネタニヤフがレバノン攻撃を激化し、交渉の阻害要因になってきた。

しかし、皮肉なことに、今回はその激化こそがトランプに署名を急がせた可能性がある。もしそうなら、このMOU成立の最大の立役者は、交渉推進派ではなく、皮肉にもイランとアメリカの停戦に必死に抵抗してきたネタニヤフ自身だったと言えるかもしれない。

第1項 全戦線の恒久停戦とレバノンの主権・領土保全

第1項は、このMOU全体の核心である。米国、イラン、そして「現在の戦争における双方の同盟者」は、全戦線における軍事作戦の即時かつ恒久的終了を宣言する。その中には明示的にレバノンが含まれる。さらに、今後互いに戦争や軍事作戦を開始せず、武力による威嚇または武力行使を控え、レバノンの領土保全と主権を確保するとされている。

このMOUは、全戦線の停戦を語る中で、あえてレバノンを第1項中だけで、3回言及している。これは単なる付け足しなどではない。「領土保全」と「主権」という国際法上の強い言葉を使っている。これは、イスラエルによる南部レバノンへの侵攻、恒久的駐留、あるいは緩衝帯(buffer zone)の既成事実化を阻止するための文言だろう。

イスラエルは名指しされていない。しかし、誰がレバノン領内で軍事作戦を行っているのかを考えれば、この条項が誰を念頭に置いているかは明らかである。米国がこれに署名するということは、米国もレバノンの主権と領土保全を守る側に立つということになる。

これは歴史的な大転換と言えるだろう。歴代大統領の誰も決して出来なかったこと、「イスラエル/シオニストに抗う」ということをトランプ大統領が初めて、公式にこの文書の署名という形でやったということだ。

この第1条項が破綻すれば、MOU全体が破綻する。核問題や制裁解除は60日間の交渉で詰められるが、レバノン攻撃はMOUを無意味にし得る。だから第1項が最初に置かれているのである。にもかかわらず、あるいは、だからこそMOU署名後、第1日目にイスラエルはレバノンへの猛攻撃を再開した。

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