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これは、【Overseas-52】最も美しく、最も危険な思想ーー普遍性(Part 1)の続きです。

歪な軍拡
日本の政治家の間では「安全保障環境の急激な悪化」というナラティブが繰り返されている。その背景にある世界観は、依然として、19〜20世紀の勢力均衡論に強く依拠している。近隣の中国・ロシア・北朝鮮の軍事的影響力の増大を脅威として捉え、それへの対抗策として、対米依存と軍備拡張をさらに強化する政策が正当化される。
21世紀型安全保障への制度転換が遅れる一方で、最も政治的に見えやすい、よって支持を取り付けやすい軍事対応へ重心が偏ったと言える。この傾向は、一方では、抑止論(deterrence)や同盟論(alliance theory)への偏重として現れ、他方では経済安全保障、技術・サプライチェーン、グレーゾーン競争への対応の遅れとなって現れた。後者に対する日本の本格的・制度的対応が始まるのは、2022年「経済安全保障推進法」以後だ。しかし、ようやく気づいた時には依存が完成していた。
半導体製造装置・材料ではまだ強みがあるが、先端半導体(ロジックチップ) の製造能力はほぼ失った。設計力も、NVIDIA / Qualcomm / Advanced Micro Devices / Appleなど世界のメジャー・プレイヤーとは競争にもならない。AI用GPUも国際競争力をほぼ失い、NVIDIA依存に近い状態だ。熊本TSMC、Rapidus、補助金政策による半導体製造能力回復も遅過ぎた。クラウドも OS/プラットフォームもAIもアメリカ依存、レアアースは 中国依存、エネルギー は 中東依存。
単純化して言えば、武器や戦車や戦闘機があっても、弾も燃料もAIもなくなれば、戦闘はできないことを忘れてたかのようだ。
国家安全保障の総合力という意味では、日本はかなり歪な形で、つまり「軍備力の強化」が、ごく近年に至るまで「弱点の増大」と並行して進んできた。その弱点を認識しているからこそ、かえって安全保障をめぐる強硬な発言が最近になって目立つようになってきたとも考えられる。自分の弱みを知れば知るほど、強がりを言うものだ。
国民の抵抗
そのような強面発言に対して、ようやく一般国民の間から反発が表立って出てきた。2026年5月3日の憲法記念日には、全国200カ所超、参加者総数8〜10万人規模とみられる反戦・反改憲集会・デモが行われた。東京のメイン集会だけでも約5万人(主催者発表)が参加し、近年では珍しい大規模な国民の行動となった。海外でも広く報道されたのは、その珍しさも一つの理由であっただろう。

その中には、反戦、反核、反改憲、反高市など様々な動機、考えの人がいただろう。しかし、その中で「反戦」は、共通項として機能していたように見える。そうであるなら、「反戦」を進めるための論理は非常に重要になる。しかし、その論理が共有されてるかどうかは怪しい。
アルノー・ベルトランは、世間に流通している決まり文句ー「一極化は安定」「リベラルは寛容」「普遍主義は平和」「世界政府が戦争をなくす」「私たちは皆ひとつの人類だ」等々ーをことごとく破壊する。直感的に美しい言葉が最も悲惨な戦争の原因になって来たことを彼は論証していく。戦争反対を叫びながら、実は戦争を呼び寄せているという反戦活動の皮肉な現実をベルトランは晒し、その上で、彼は反戦の最も強い根拠を導き出そうとする。
目次
- 歪な軍拡
- 国民の抵抗
- Part 2.
- I. 通説:「多極世界ほど戦争は増える」
- II. 歴史は「多極化=戦争増加」を支持していない
- III. 最悪の戦争は“兄弟殺し”である
- IV. アメリカ一極支配は、戦争を減らさなかった
- V. リベラルは、なぜ不寛容になったのか
- VI. 「外国」が消えると、戦争は終わるのか
- VII. 最も美しく、最も危険な思想
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