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今回は、CGTNによるジェフリー・サックス教授のインタビュー動画を取り上げます。
目次
- 〜情報の扱い方を誤らないための視点〜
- ■ CGTNとは何か
- ■ 誤解ポイント
- ■ なぜサックス教授のインタビューが CGTN で行われたのか
- 【インタビューPart 1】高市発言について
- 【インタビューPart 2】米中首脳電話会談について
- 最後に:
- ◾️補足・訳註
- Wang Yi(王毅)
- Red Line(レッドライン)
- Japan’s pacifism / 日本の戦後平和主義
- Yasukuni Shrine(靖国神社)
- Class-A war criminals(A級戦犯)
- Imperialist club of European powers(欧州列強の帝国主義クラブ)
- First Sino-Japanese War / 日清戦争(1894–95)
- Taiwan under Japanese rule(日本統治下の台湾)
- Korea under Japanese rule(日本統治下の朝鮮)
- 1930s Japanese invasion of China(1930年代の対中侵略)
- Casualties of the Second Sino-Japanese War(中国側犠牲者)
- U.S. post-WWII strategy toward Japan(戦後アメリカの対日戦略)
- “Bulwark against Soviet and Chinese communism”(共産主義への防波堤)
- U.S.–Japan Security Alliance(日米安全保障体制)
- Missile deployment near Taiwan(台湾周辺でのミサイル配備)
- Rare earth magnets(レアアース磁石)
- Four major powers of WWII(第二次世界大戦の“四大国”)
- Contain China policy(対中国封じ込め政策)
- Technological blockade(技術封鎖)
- Quantum photonics(量子フォトニクス)
- Nvidia(エヌビディア)
- Provocative statements by Taiwan politicians
サックス教授については、日本でもかなり有名なので、もう紹介するまでもないと思いますが、簡単に説明しておきます。
ジェフリー・D・サックス(Jeffrey D. Sachs。1954年生まれ)は、アメリカの経済学者で、国際経済・開発政策・地政学分野で世界的に知られた研究者です。ハーバード大学で博士号を取得後、同大学教授を経て、現在はコロンビア大学でCenter for Sustainable Developmentの所長を務めています。
国連事務総長の特別顧問(ミレニアム開発目標/SDGs)を長年務め、貧困削減・公衆衛生・気候変動対策などの国際政策にも深く関与してきました。ロシア・ポーランドなどの経済改革への助言、中国・アフリカ諸国との政策対話など、国際社会で幅広く活動しています。
近年は、米中関係やウクライナ紛争、国際秩序のあり方について積極的に発言しており、地政学的な視点から世界情勢を分析する論者として国際的に大きな影響力を持っています。
インタビュー内容に入る前に、もう一つ非常に重要な点を指摘しておきたいと思います。それは、このインタビューがCGTNによって行われたということです。
〜情報の扱い方を誤らないための視点〜
■ CGTNとは何か
CGTN(China Global Television Network)は、中国の国際放送である中国中央電視台(CCTV)が運営する多言語の国際ニュースメディアです。英語・フランス語・スペイン語・アラビア語・ロシア語などで放送を行い、中国政府の立場を国際社会へ伝える役割を持っています。
編集方針は中国政府の影響を受けるものの、番組内容はニュース、ドキュメンタリー、インタビュー、討論番組など多岐にわたり、国際政治や経済問題を中国・アジアの視点から扱うのが特徴です。西側の主要メディアとは異なるテーマ設定や論点が提示されるため、国際問題を多角的に理解するための 「他地域の視点」 を知る情報源として利用されています。
RT やアルジャジーラと同様に、国家的背景を持つ国際メディアのひとつですが、視聴者がその立場を把握した上で活用すれば、世界情勢を多面的に理解するためには非常に有用なメディアとなります。
インタビュー内容とは直接関係ないのですが、この機会に多様な性質を持つメディアの取り説を書いておきます。
■ 誤解ポイント
① “プロパガンダだから無価値” と一括りにしてしまう。
日本語SNSでは、例えば「中国国営=すべて宣伝」という反応がよく見られます。
しかし、国営メディアでも
• 事実レポート
• 専門家インタビュー
• 国際情勢分析
は多く含まれ、内容の質は番組/記事によって大きく異なります。
誤解: 「国営=全部嘘」
正しくは: 「国営=編集方針に方向性がある。しかし情報価値は番組ごとに異なる」
これは RT(ロシア)やアルジャジーラ(カタール)についても同じ構造です。
② “中国擁護の言論しか出ないはず” と考えてしまう。
CGTN には、確かに中国政府寄りの論者も登場しますが、
同時に
• 欧米の研究者
• 中国人ではない国連関係者
• 海外の国際金融・国際法の専門家
が出演し、必ずしも中国寄りでない意見が出ることもあります。サックス教授のように、“米国批判も中国批判もできる独立した学者”が出演するケースは珍しくありません。
誤解: 「CGTN=中国論者だけしか出ない」
現実: 「中国中心の構図だが、出演者の政治的立場は多様」
③ “中国政府が言わせている” と即断してしまう。
国営メディアであっても、ゲストの発言はゲスト個人の見解です。特に国際的に著名な研究者は、自分自身のcredibility(信用/信憑性)に傷をつけたくないというインセンティブが働くので事前打ち合わせで内容をコントロールされない。
サックス教授は、
• 米国政府への批判
• ウクライナ戦争批判
• EU外交への批判
• イスラエルへの批判
など、一貫して独立した立場をとる人物であり、CGTN の意向で発言内容が変わるタイプではなく、実際に他メディアでも同様の主張を繰り返してきました。
誤解: 「出演者=中国の代弁者」
現実: 「出演者は自分の議題を持って出演する」
④ “中国の立場=危険”と色眼鏡で見て、情報自体を利用しない
「中国が言うことは信用できない」と前提化してしまい、内容そのものを見なくなる視聴者/読者が少なくない。これは大きな損失です。
国際政治では、“当事国がどう認識しているか” は事実関係そのものに匹敵するほど重要であり、中国側の言い分・歴史観・脅威認識を正確に知ることは、日本の安全保障を理解するための必須情報です。
誤解: 「見ても意味がない」
現実: 「むしろ“相手の認識”を知るために重要」
⑤ “西側メディアが絶対正しい”という無意識の前提を持ってしまう。
日本の視聴者には NHK・BBC・CNN・NYT などに強い信頼を寄せる傾向があるかもしれませんが、国際政治分析としては、
• 西側のバイアス
• 中国側のバイアス
• 第三世界の視点
をあわせて比較することが必要です。
CGTN はそのうちの 「アジアの大国の視点」 を提供する貴重な存在です。
誤解: 「西側=中立、中国=偏向」
現実: 「どちらも国家・地域の視点を反映している。比較すべきは“視点”」
⑥ “公式見解(官方言論、Official Line)=現実の中国そのもの”と混同する。
中国政府のメッセージと、実際の内部議論や現場の政策決定は必ずしも一致しません。CGTN の報道方針は「国としての対外メッセージ」に基づきますが、中国国内の政策議論はもっと多層構造で複雑です。
誤解: 「CGTN=中国国内の本音そのもの」
現実: 「対外的な“外交シグナル”と捉えるべき」
つまり、「西側の視点」と「中国側の視点」、あるいは「ロシア側の視点」や「イスラム世界の視点」を並べて比較することによって初めて、国際問題の “立体視” が可能になります。
■ なぜサックス教授のインタビューが CGTN で行われたのか
今回のインタビューでサックス教授は、
・日本の軍事的変化
・米中関係の転換点
という二つのテーマに関して、彼の見解を話しているが、その内容は現在の国際メディアで毎日聞けるようなオーソドクスなものになっています。前者については、【Overseas-42】トランプ・高市会談はどう報道されたか?―欧米報道の比較分析で明らかだったように、日本の国内メディア以外では、日本の再軍事国家化に対する懸念が広く共有されていたし、米中関係におけるトランプ大統領の軟化傾向は、日本のメディアでも「高市首相がハシゴを外された」という形で盛んに取り上げられています。
このインタビューの内容から見て、サックス教授が中国の代弁者になっていると示すものは何もありません。強いて言うならば、中国が国際的にどう語ろうとしているかを知るヒントをこのインタビューの企画から得ることは有益でしょう。
以下の翻訳では、インタビューアーの発言部分を「記者:」と表しました。それではどうぞ。
【インタビューPart 1】高市発言について
要約:
このパートでは、サックス教授が高市首相の発言と日本の安全保障政策の変化をどのように捉えているかを論じる。近年の日本の軍事費増加、南西諸島へのミサイル配備、中国側が“レッドライン越え”と受け止めた台湾関連の発言などを取り上げつつ、戦後日本の平和主義が退潮しつつあるとの懸念が示される。また、日中の対立構図の背景に米国の戦後戦略があるとの指摘も展開される。
記者:サックス教授、本日はご参加いただきありがとうございます。
サックス教授:こちらこそ、光栄です。
記者:まず、中国の王毅外交部長の発言を読み上げるところから始めたいと思います。これは、日本の首相の最近の発言に対するもので、中国側はそれが「レッドラインを越えた」と述べています。彼は次のように語っています。引用します。
「日本の現指導者が、台湾問題への軍事介入を試みるような誤ったシグナルを公然と発し、言うべきでないことを述べ、触れてはならないレッドラインを越えたことは衝撃的である。」
そして、これは中国の王毅外交部長からの言葉です。長年この地域を非常に注意深く見てこられた立場から、サックス教授、中国が最近の日本の発言を非常に深刻に受け止めている理由について、どのようにお考えでしょうか。
サックス教授:まず、台湾をめぐる緊張が現実のものであるという前提から始めなければなりません。その一因は、台湾の国内政治や、台湾の政治家による挑発的な発言にあります。
日本について言えば、この10年で日本が以前ほど平和主義的ではなくなり、より軍事志向へと傾いてきたという事実があります。日本は軍事費を増額し、よりタカ派的な物言いをするようになっています。これらはどれも、私の判断では、日本の利益にかなうものではありません。
ここ10年で緊張が高まってきたのは明らかであり、第二次世界大戦後の日本の平和主義は多くの面で過去のものになりつつあります。日本があからさまに軍国主義というわけではありませんが、より軍事志向に向かっています。軍事費の増大、緊張の高まり、そして高市首相の発言は、彼女が代表する党内強硬派の立場と一致しています。
記者:かつてよりもはるかに軍事化した日本を、人々は受け入れるべきなのでしょうか? 結局のところ、日本は朝鮮半島、中国、東南アジアなど、近隣諸国への侵略を始めた当事者です。その戦争の結果、多くの命が失われました。また、靖国神社にはA級戦犯を含む戦犯が英霊として合祀されており、日本の首相の中にはそこに参拝する者もいます。では、世界は――地域は、中国を含めて――ますます軍事化し、ますます軍国主義的になる日本をただ受け入れるべきなのでしょうか?



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