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(当面は無料開放)
1946年(昭和21年)3月6日夜、内閣総理大臣の幣原喜重郎が「新憲法に関する演説」をNHKラジオの全国放送を通じて行った。
その日は、「憲法改正要綱(政府案)」が正式に公表された日で、それを知らせる『官報』号外が出された。幣原首相のNHKラジオを通じての演説はそれを政府として国民に対して説明を行うものだった。
『日本放送協会年鑑 昭和21年度版』(NHK年鑑)には、1946年3月6日夜、幣原喜重郎首相がラジオを通じて新憲法案の趣旨を国民に説明したことが記録されている。
翌3月7日の『朝日新聞』朝刊には、「憲法改正要綱発表、首相ラジオ演説で国民に訴ふ」と、幣原首相が放送で新憲法の趣旨を説明したことが報道された。同日付の『読売報知新聞』も「幣原首相、昨夜放送で新憲法の精神を説く」と記載している。その他複数紙が3月6日夜の幣原首相の「新憲法に関する演説」をNHKのラジオ放送を通じて行ったことを報道した。
残念ながら、この放送の録音は残っていない。しかし、この演説のために作成された草稿が残っている。現在は、青空文庫の電子版を無料で読むことが出来る。ただし、この草稿を読むのは、現代日本人には少し難しいかもしれない。というのは、この草稿は、旧字体の漢字・カタカナ・歴史的仮名遣いを使い、古い言い回しも所々出てくるからだ。
この演説は出来るだけ多くの人に読んでもらいたいと思うので、現代日本語に変えて、この記事の一番下に入れた。内容は全く変えてない。変えたのは、旧字体・難読語・歴史的仮名遣い・古い言い回しのみだ。草稿の分量は約2500字なので、5分くらいで読みきれる。他には、形式的なことだが、次の2点の変更を加えた。
⑴草稿には改行がほとんど入っておらず、そのままでは読みにくいので、幣原首相が演説で息継ぎをしそうなところに改行を入れた。
⑵また、草稿は節に分れてないが、この現代語訳では、全体をAからDの4つの節に分け、C段落はさらに三つの小段落に分け、以下のように、それぞれの節に見出しをつけた。
目次
- 前史:
- ポツダム宣言(1945年7月26日)
- なぜ今、幣原喜重郎のラジオ演説を引っ張り出してきたか?
- 幣原喜重郎:「新憲法に関する演説草稿」(1946年3月6日)
- [A] 戦争責任と国民的自己反省
- [B] 戦争放棄が開く日本の未来
- [C] 非武装国家の安全保障
- [C-1] 再軍備の幻想
- [C-2] 永世中立の幻想
- [C-3] 軍事同盟の幻想
- [D] 正義と世界世論というリアリズム
- 近日公開予定:
前史:
この演説のラジオ放送の日付が、1946年(昭和21年)3月6日になっていることを妙に思った人もいるだろう。ここでいう新憲法とは、現在の我々の憲法である日本国憲法のことだが、日本国憲法が公布されたのは、1946年(昭和21年)11月3日、施行されたのは、1947年(昭和22年)5月3日。つまり、幣原首相が演説した1946年(昭和21年)3月6日には、日本国憲法はまだ存在していない。その時存在したのは、憲法改正要綱だった。
注:念のために書いておくが、ここでいう「憲法改正」とは、現在日本で議論されている日本国憲法の「憲法改正」のことではなく、幣原演説当時の日本の憲法、つまり1889年(明治22年)2月11日に公布され、1890年(明治23年)11月29日に施行された「大日本帝国憲法(明治憲法)」の改正のことだ。日本国憲法は、形式上は明治憲法の改正として成立した。
この幣原演説の前年、つまり1945年(昭和20年)8月14日に日本がポツダム宣言を受諾してから、幣原演説までの約7ヶ月の間の明治憲法改正の、もしくは現行憲法の形成の過程は、いわば現在の日本の誕生史の最も重要な時期であるので、別稿で詳しく追うつもりだが、ここでは、取り急ぎ、幣原の演説の背景が分かるように簡単な略史を書いておく。
ポツダム宣言(1945年7月26日)
日本がポツダム宣言を受諾することによって、やっと戦争は終わった。「ここに書いてあることを受け入れるか、完全に壊滅するのか、どちらかを選べ」と言われて、日本政府は受け入れることを選んだ。そのおかげで、今、我々は生きている。つまり、現在の日本は、ポツダム宣言を受諾した時に誕生したとも言える。
国の出発点にある、これほど重要な文書を、ほとんどの日本人が読む機会もなく、大人になっていくというのは、非常に奇妙な国だ。好きとか嫌いとか、賛成するとか反対するとか、正しいとか間違ってるとか言う以前に、国の始まりにこれがあるという、もう変えようがない事実がまるで存在しないかのように知らないふりをすることに我々は慣れてしまった、あるいは慣らされてしまった。
出発点が分からないと、幣原演説まで辿り着かないのでポツダム宣言の要点だけ下にまとめておく。
1. 日本に対する基本要求
• 日本は無条件降伏を受け入れなければならない
• これを拒否すれば「迅速かつ完全な壊滅」に直面すると警告
2. 軍国主義の排除
• 日本の軍国主義的指導者の権力と影響力を永久に除去
• 日本の再軍備・再侵略能力を完全に排除
3. 領土の制限
• 日本の主権は本州・北海道・九州・四国および連合国が決定する小島に限定
• それ以外の領土(植民地・占領地)はすべて放棄
4. 軍の武装解除と占領
• 日本軍は完全に武装解除
• 日本本土は連合国によって占領される
5. 戦争犯罪人の処罰
• 戦争犯罪人は厳重に処罰
• ただし一般国民を奴隷化・民族として滅ぼす意図はないと明言
6. 日本社会の民主化
• 民主主義的傾向の復活・強化
• 言論・宗教・思想の自由、基本的人権の尊重
• 専制的体制の排除
7. 経済の再建
• 日本経済は平和的産業に限定
• 生存に必要な産業は認めるが、戦争遂行能力は持たせない
• 将来的に国際貿易への参加は可能
8. 占領の終了条件
• 日本に平和的で責任ある政府が樹立されれば、占領は終了
9. 日本国民への呼びかけ
• 日本政府に対し降伏決断を迫るとともに、
• 日本国民に対しても「合理的な判断」を求める
以上の全てを満たすこと。それが日本存続の唯一の道だった。それが力で決着をつけること、つまり戦争を選んだことの帰結だ。戦争の勝者が敗者に条件を「押し付けた」と敗者が言っても、戦争をするということは、最初から力で相手をねじ伏せるという両者の覚悟表明でもあるのだから、もう遅い。
だからこそ、もう一つの道、徹底抗戦を続けることを主張する勢力も大きかった。戦争を続けて逆転しなければ勝者の条件を押し付けられることを彼らは理解していたのだ。但し、現実に逆転の可能性はなく、完全に壊滅させられることも、政府と軍部の中枢にいる人々は理解していた。しかし、彼らはそれを口には出せなかった。議論をしても決着はつかなかった。結局、昭和天皇の「ご聖断」によって、壊滅は免れることになった。
日本国憲法が成立した直後から、「押し付け憲法」という言葉を使う人がいた。いまだに使っている人もいる。彼らは、明治憲法の改正過程/日本国憲法の生成過程を取り上げて、アメリカの干渉があった、アメリカが1週間で作った下書きを日本はなぞっただけ、「だから、日本国憲法は押し付けられたものだ」と80年間くらい主張している。
彼らの理解が及んでいないのは、「戦争に負けた」ということの意味だ。形式的には、それは、1945年(昭和20年)8月14日のポツダム宣言の受諾と、同年9月2日の降伏文書の調印という形で公式に決まった。どうしても「押し付けられた」という言葉を使いたいなら、正しい使い方は、「ポツダム宣言を押し付けられた」だろう。その日から、1946年11月3日の日本国憲法公布までの期間は、日本国憲法を押し付けられた過程ではなく、ポツダム宣言に「押し付けられた条件」と明治憲法の間の齟齬をなくすための調整過程に過ぎない。
1945年(昭和20年)8月14日のポツダム宣言受諾の日から翌年の3月6日に政府が憲法改正要綱を公表し、同日夜に幣原喜重郎がラジオで新憲法に関する演説をするまでの約7ヶ月は、日本国憲法の根幹が形成される時期だが、それは現在の日本という国のいわば懐胎期であったとも言える。この部分に関しては長くなるので、このシリーズの次回に書く予定だ。
なぜ今、幣原喜重郎のラジオ演説を引っ張り出してきたか?
今回、先に幣原喜重郎の演説を取り上げた理由は、日本国憲法誕生の過程を振り返るためではない。それは、「戦争のできる国」論が最近また賑やかになってきたからだ。そこでは「安全保障環境の急激な悪化」という言葉が枕詞のようによく使われる。高市首相は、トランプにもそれを言っていた。その時のトランプの神妙な顔つきが興味深かった。何を言い出すのかと思ったのではないだろうか。それに続いて、世界に平和と繁栄をもたらすのはドナルドだけだと言われて、トランプの強張った顔は一気に崩れたのだが。
「安全保障環境の急激な悪化」というフレーズで言いたいのは、次のようなことだろう。Xで色々出てくるので拾って見た。
・中国が尖閣諸島の周辺に公船を2025年だけで357日も送り込み、領海侵犯を繰り返した、
・台湾周辺では大規模軍事演習を繰り返した、
・宮古海峡を軍機・軍艦が何度も通過した、
・空母「遼寧」「山東」が日本のEEZ近くで艦載機の発着訓練を繰り返した、
・3隻目の「福建」も就役した、
・北朝鮮は2026年だけで弾道ミサイルを複数回、日本海に向かって発射した、
・3月14日には10発以上を撃ち込んだ、
・ロシアは中露合同演習や軍用機の共同巡航で日本周辺で行なっている等々。
これらをもって、「安全保障環境の急激な悪化」といい、だから日本の軍事強化が必要だという議論をしている。ここに見られるのは、「脅威がある→だから軍事強化が必要だ」という因果関係を一方向に固定した論理だ。しかし、実際には、当たり前のことだが、同じ論理が双方向に働く。これは国際政治学の初学者向け教科書に出てくる「安全保障のジレンマ」という典型的な現象なのだが、その半分だけを取り出して、「安全保障環境・急激・悪化論者」は軍拡を主張する。
しかし、「安全保障のジレンマ」は言う:一国が自国の安全(防衛)のために軍事力を強化すると、他国がそれを脅威とみなして軍備増強で対抗し、結果として両国の信頼関係が損なわれ、双方の安全が低下する悪循環が起きると。つまり、「安全保障環境の急激な悪化」という「問題」に対して、軍事強化を「解」だと主張する議論は、自分たちが「問題の解ではなく、問題の一部である」ことを認識していない。彼らの主張は、どっぷりと「安全保障のジレンマ」にはまり、問題をますます悪化させている。
それでは、日本は具体的に近隣諸国に脅威を与えているのだろうか?
下に、外から見える日本の防衛態勢を簡単にまとめた。
▪️防衛費:
日本の防衛費は、2022年の約 5.4兆円から、2025年の約 7.9兆円へと、たった4年で約46%増加している。
▪️安保三分書:
2022年に策定した「国家安全保障戦略」、「国家防衛戦略」、「防衛力整備計画」のいわゆる安保三文書では、防衛費のGDP比を2027年末までに2%に上げると規定されているが、高市首相は、その達成を2026年末までに前倒しで改定する方針を打ち出している。
▪️5ヶ年計画:
2019〜2023年度の中期防衛力整備計画(中期防)の総額は約27.5兆円だったが、2023〜2027年度防衛力整備計画の総額は約43兆円になっている。実に、1.6倍の増額。
▪️戦闘機(航空戦力):
・現有の主力戦闘機である約 200機 のF-15と約 90機 のF-2に加えて、F-35A(通常型)を105機、F-35B(短距離離陸・空母用)を42機、つまりF-35を合計147機を導入予定。すでに数十機配備済み。
▪️長距離攻撃能力:
・トマホーク約 400発規模の購入を予定している。
・国産ミサイルの射程距離を延長する改良をしている。従来の数百kmから、改良後は1000km以上に延びる。
・専守防衛の枠を超える疑い。
▪️海上戦力:
・イージス艦
• 現有:約 8隻
• 追加:2隻(新型)
・潜水艦
• 約 22隻体制
▪️空母化(投射力の象徴)
・ いずも型護衛艦
• 2隻(いずも・かが)
・改修後
• F-35B運用可能(軽空母的運用能力への質的転換)
▪️兵力
• 自衛隊:約 24〜25万人
▪️ミサイル防衛
• PAC-3(地対空)
• SM-3(イージス艦)
外からこれを見て脅威に見えないだろうか?
脅威を感じるのは相手の勝手だと言う人もいるかもしれない。しかし、近隣諸国の脅威を枕詞に使う側にも全く同じことが当てはまる。
さらに「抑止力」という言葉も切り札のように使われる。抑止力が必要ではないと言ってるのではない。相手が攻めたくないと思う状況を作るのが抑止力の本質だ。つまり、「あなたを攻撃すれば、私も損をする」という関係を作り上げることが、本当の抑止力だ。軍事的抑止力が必要な段階に至るのは、そのような対外関係の構築にすべて失敗した時だ。抑止力を軍事力という単一の要素に還元するのは、現実とあまりにかけ離れている。経済的抑止、外交的抑止、技術的抑止、資源的抑止、同盟的抑止、地政学的抑止、規範的抑止、物語的抑止等々、世界は様々な要素の複合的に作用しあって動いている。軍事力の強化が抑止力の向上に即還元されると考えるのは、現実の世界をあまりに知らなさ過ぎる。
現代の安全保障論をここですべて紹介するのが目的ではない。今、非常に雑な形で議論されている安全保障論の原型は、ポツダム宣言受諾後の日本における(明治)憲法改正議論の中ですべて出ていた。興味深いことに、憲法改正に関わった人たちの圧倒的に強い焦点は、軍のことではなく、國體護持、つまり天皇制を維持することであった。あきれるくらい、あっさりと軍に関する条文は明治憲法から削除されて行った(その頃には、まだ明治憲法の条文をあちらこちらポツダム宣言と矛盾しないように修正することで事足りると信じていたのだ)。
戦争放棄という概念に焦点が当たり始めたのは、7ヶ月の懐胎期も半分が超えた頃だ。マッカーサーと幣原喜重郎の会談で幣原がヒントになることを言って、マッカーサーがそれを気に入ったという挿話が残ってるが、これも実ははっきりしていないので議論が続いている。いずれにしろポツダム宣言の条件の一つである軍部の解体に頓着しない日本というのは興味深い。ただし、他国に攻められたら反撃する権利はあるだろうとか、しかし武力を放棄して、どうやって自衛するのかなどという議論がされていたことが当時の記録を見ると分かる。という問いが残る。
さて、ようやく新憲法の骨格に合意した1946年(昭和21年)3月6日公表された憲法改正要綱を国民に説明するために幣原喜重郎が行ったラジオ演説には、非常に素朴な形で、その後の安全保障論に出てくる原型が出てくる。①再軍備の幻想、②永世中立国の幻想、③軍事同盟の幻想と見出しをつけた部分だ。どれがいいとか悪いとか選択の問題ではない。そこに含まれている思考の型を見れば、現代の日本の安全保障論が進化を失敗したことが見て取れるだろう。
幣原喜重郎:「新憲法に関する演説草稿」(1946年3月6日)
[A] 戦争責任と国民的自己反省
私はまず、わが国民生活が現在の窮迫した状態に陥った原因にさかのぼって、一言述べておきたいと思います。
われわれは、昭和六年の満州事変の発生以来、昭和二十年の太平洋戦争の終結に至るまで、わが国が対外関係において取ってきた行動を、冷静に客観的に振り返ってみるならば、残念ながら正しい道を踏み誤った事実を認めざるを得ません。
その行動が、たとえどの大国であっても過去の歴史を詳しく見ればありがちな性質のものであったとしても、また国民一人一人には何らの責任がなかったとしても、国家の構成員である個人は、国家機関の行動についてある程度の共同責任を免れることはできません。
われわれは誤った国権の発動に連座して、精神的にも物質的にも非常に大きな苦難に耐えているのが現在の姿であります。
しかし、われわれは今さらこのことで誰をも怨みません。どの国にも反感を抱きません。黙々として自らを省み、自らを責め、どれほどつらい試練であっても耐え抜く決意を固めております。
この自己反省のないところに、不平や煩悶が起こるのであります。
[B] 戦争放棄が開く日本の未来
日本の前途は確かに多難でありますが、決して暗闇ではありません。
わが国が当面している苦しみは病気の兆しではなく、むしろ出産前の陣痛であります。
陣痛が始まると、健全で元気あふれる新しい日本が生まれ出ることを私は信じております。
長く平和の恵みと文化の潤いに満ちた国家が、ここに確かな基礎を据えようとしているのであります。
その新しい日本は、厳粛な憲法の明文によって戦争を放棄し、軍備を全廃したのでありますから、国家の財源と国民の能力をすべて平和産業の発達と科学文化の振興へ向けることができるはずであります。
したがって国費の重要な部分を軍備に充てている諸外国と比べれば、わが国は平和的活動の分野においてはるかに有利な地位を占めることになるでしょう。
今後なおしばらくの間は、国民生活に欠乏と不安が続くものと覚悟しなければなりませんが、国家の生命は永遠に続くものであります。
人間万事は塞翁が馬であります。
この道理を理解すれば、当分の受難の時期は、むしろわれわれや、われわれの子孫に貴い教訓を与えるものとして、禍を福に転じようとする気概がここに湧いてくるのであります。
[C] 非武装国家の安全保障
では、将来もし外国がわが国の軍備が皆無であることにつけ込み、勝手な口実を設けて日本の領土を侵すようなことがあった場合、日本はどのように自衛すべきでしょうか。
この問題は当然、わが国民の最大の関心事であります。
この対策については、今後締結される講和条約や国際協定の中で、日本が将来ある程度の自衛施設を持つことを認める取り決めを望むべきであるとか、永久中立国としての保障を求めるべきであるとか、あるいはどこかの国から状況に応じて軍事的援護を受ける約束を取り付けるべきであるとか、さまざまな意見があるように聞いております。
この際、私個人の考えを率直に述べることを許していただけるならば、これらの意見はいずれも現実の政策として適切なものとは思われません。
[C-1] 再軍備の幻想
第一に、日本が自衛のための施設を保有すべきだとする意見も、もちろん自衛の名のもとに再び軍国主義に走り、外国と争いを起こそうとするような不純な動機から出たものではないことは十分理解しております。
しかし、わが憲法の条文はすべての軍備を禁じているだけでなく、侵略国の命運を決するほどの力を持たず、ただ消極的に敵軍が日本の領土へ上陸侵入するのを防ぐ程度の中途半端な自衛施設などは、かえって侵略国を誘い出す餌となるにすぎず、侵略国を引っ掛ける釣り針にはなりません。
あるいは比較的弱い兵力でも、まったく無いよりはましであろう、少なくともある期間は侵入軍を阻止する効果があるだろうと考える人もいるかもしれません。しかし、近代の歴史は、むしろ反対の事実を示しております。
先の世界大戦において、ドイツは電光石火的戦争(ブリッツクリーク)と呼ばれる戦法で、比較的弱い隣国を瞬く間に打ち倒したではありませんか。
もし日本がどの強国や同盟国にも対抗し、すべての侵入軍を徹底的に撃退できるほどの兵力を持とうとするならば、連合国がそのような軍備を承認するはずはなく、仮に承認されたとしても日本の国力ではそれに耐えることができません。
無理に軍備の過度な充実を図れば、外部から侵略される前に内部の疲弊によって国家が破滅することになるでしょう。
[C-2] 永世中立の幻想
第二に、永久中立制度の効果もまた大いに疑わしいものがあります。
かつて大正三年、ドイツがフランスとの開戦を決意するや否や、ベルギーの永久中立を保障する条約の規定を無視して、たちまちベルギー国内へ侵入し、それによって第一次世界大戦の幕が開かれたのであります。
それ以来、永久中立制度の価値は急激に暴落し、世界の人々はもはや真剣にそれを信頼しなくなったように思われます。
[C-3] 軍事同盟の幻想
第三に、日本が他国の侵略を受けた場合、第三国から軍事的援護を受けようとする構想については、一国が常に優勢な兵力を東洋方面に集中させ、日本を防衛する体制を整えることは、非常に大きな犠牲を伴うものであります。
したがって、日本があらかじめ特定の第三国と条約を結び、その国が直接の利害関係を持たない場合であっても、あらゆる犠牲を払って日本を守る義務を引き受けることを期待するのは、もともと無理な要求であると言わざるを得ません。
さらに、このような軍事援護条約の存在そのものが侵略国を刺激し、敵対行動の口実を与えることにもなりかねません。
一方で、日本が侵略された結果、第三国の重要な利益が脅かされる場合には、その国は条約上の義務がなくても、また日本から要請がなくても、自国の利益と国際秩序を守るため、日本への侵略を排除する手段を取るのは当然であります。
[D] 正義と世界世論というリアリズム
以上述べた私の考えを要約すれば、われわれは他国の力に頼ることによって国家の安全を求めるべきではありません。
日本を他国の侵略から守る真の自衛の力は、徹底して正義の力であります。
われわれが正義の大道を歩み続けるならば、「祈らぬ神も守る」という確信を持つことができます。ただし、その正義の基準は主観的な独断ではなく、世界の客観的で公平な世論によって裏付けられたものでなければなりません。
これは遠回りのように見えて、実は最も確実な近道であります。
私は、日本の対外関係が終始この原則を基調として運営されることを心から願ってやみません。
近日公開予定:
【現代史-06】日本国憲法誕生前夜
【現代史-07】明治維新とイラン
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