「これは聞こえんやろ」というのが医者の第一声だった。右耳が聞こえにくくなったので耳鼻科に行って、医者が僕の右耳の中を一目見た時のこと。
「真っ白になって、なんか詰まってますわ」と言うと、金属のストローのようなものを僕の右耳に突っ込んだ。ガーと言う爆音が右耳の中で鳴り響いて脳みそが飛び出すかと思った。
「それ、掃除機ですか?」と訊くと、「そう掃除機や。これで全部吸い取ったる」という。それにしても、凄まじい音で頭が吹っ飛びそうな気がする。
耳の中が爛れて、そこから液体が出てそれが固形化してコーンフレークのようになるらしい。古いコーンフレークと新しい液体が合体して、耳を塞ぐから、そら聞こえんわとなる。
コーンフレークを一つ見せてもらったが、耳くそみたいなものを想像すると完全に誤解する。一枚の半透明の大きな皮膚を引き剥がしたような感じのものだった。
掃除機の音の恐怖だけでなく、実際なんかを皮膚からはぎ取る痛さがある。動くなと言われても、痛っ!となった時は反射的に動いてしまってる。医者はなんとかして全ての白いゴミを吸い切ろうとするので、痛い!と叫ぶ僕と、動くな!と命じる医者の攻防戦が続く。
「痛い、痛い、痛い」というポイントがあり、そこで医者は「あーこれはあかんか」と取り逃した獲物を諦めるような口調で言った。
それが最後の大物だったらしく、ガーゼに何か液体を塗って、それを金属棒の先に付けて獲物に塗った。それから掃除機をまた突っ込んだら、スポッという感じで何かが抜けていった気がした。最後の大物が掃除機に食われたらしい。
耳の中から白いゴミを全て取り出してから、「痛くなかったか?」と医者は訊く。いや、痛いから。ずっと痛いって言うてるがな。
医者が訊いてるのは、ここに来るまで痛くはなかったのかということだった。「全然。全然痛みはなかった。ちょっと異物感はあったかな」と言うと、おかしいなあ、おかしいなあと医者は何度も言っていた。
最後に耳の中に何か塗って終わった。また聞こえなくなったら戻っておいでというので、それで治療は終了したらしい。
これは外耳炎やなと医者は言っていた。小さい頃、中耳炎になったことがある。内耳炎にはまだなったことない。死ぬまでに三冠取れるかどうか。時間が足りなくなって来た。
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