当たり前だけど、退職するとIDを没収される。それでも色々な手続きのためオフィスに行く。IDなしで入れないビルや部屋に行く手を阻まれまくる。
NY州のIDや日本のパスポートで自分を証明するのだが、いちいち時間がかかる。武装した警備の人に楯突いたりしたら、ねじ伏せられて逮捕されてしまう。
言われる通りに毎回アホみたいな手続きをしながら、組織の寄生虫みたいな人生だったなと思う。
今日もやっと目的の部署にたどり着いて話をしてたら、ID持ってないの?って訊かれる。
「退職したんだよ、持ってるわけないでしょ」って言うと、
「え、退職者用IDあるよ」とのたまう。
「は?何それ?」
どうして今まで誰も教えてくれなかったんだ?そんなこと書いてあるドキュメントも見たことない。
そんなものがあるとしても、IDの発行には、また申請用紙に記入して、それを誰かが許可するプロセスがある。すぐには発行されないだろう。
半信半疑で、2ブロックほど歩いて、IDを扱ってる部署に行った。
「退職した人のIDがあるって聞いたんですけど・・・」
「ありますよ」
「え、じゃあ手続き教えてください。何にも用意してません」
「あなたの認識番号は?」
赤い髪の彼女はカタカタと僕の認識番号を入力した。僕のデータがあっさり出てきた。
「では、今から3ヶ月間有効のIDを発行します」
え?マジっすか?
ヤバい、写真を撮るな、ヨレヨレのシャツを来て、二日酔いで顔が死んでるのを考えて身構えていると、目の前の小さな機械がガチャガチャ音をたて始めた。
印刷してる!
僕の写真もデータベースに残ってたんだ。それにしても、申請用紙も記入してないし、誰の許可も取ってないぞ。ソワソワしてくる。
新しいカードを僕に手渡しながら、
「全ての手続きを3ヶ月以内に終えて、戻ってきてください。5年間有効のカードを発行します。必要なのはこのカードだけです。それから5年ごとに更新します。あなたが死ぬまで」
終身IDカードか。全然知らなかった。多分条件があると思うが満たしていたのだろう。
今までのカードと全く同じように見える青いカードを怪訝な顔で見ているのに気づかれた。
「よく見てください。Rって書いてありますよね。あなたの以前のカードはSでした」
Staff からRetireeになったという意味らしい。他にAとかDもある。Aはコンサルタントとか、Dは各国の外交官。
もう死ぬまで、この青いカードが自分のIDになるのかと思うと、新しい国籍をもらったような、妙な気分だった。
自国の利益のために働かないという宣誓書にサインして始まった仕事の帰結がこういうことなのか。
IDって何なんだろう?
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