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目次
- 安全保障環境の急激な悪化
- 「脅威」は一番人気
- 戦争と武力行使の三つの層
- 帝国主義の直系の子孫
- 正当化の言葉がしぶとい理由
- アメリカの戦争・武力介入
- 1. 朝鮮戦争(1950–1953)
- 2. イラン政権転覆(1953)
- 3. グアテマラ政権転覆(1954)
- 4. ベトナム戦争(1955–1975)
- 5. チリ政権転覆(1970–1973)
- 6. ニカラグア介入(1980年代)
- 7. エルサルバドル内戦介入(1980–1992)
- 8. グレナダ侵攻(1983)
- 9. パナマ侵攻(1989)
- 10. 湾岸戦争(1990–1991)
- 11. ソマリア介入(1992–1995)
- 12. コソボ空爆(1999)
- 13. アフガニスタン戦争(2001–2021)
- 14. イラク戦争(2003–2011)
- 15. リビア空爆(2011)
- 16. シリア介入(2014–)
- 語らせられる戦争の言葉
- 誰も攻めてこないようにするのがあなたの仕事だ。それが嫌なら辞めてもらう。
- 付録:日中米の三層
安全保障環境の急激な悪化
「安全保障環境の急激な悪化」という言葉を何度聞いたことだろう?国会答弁や政治家の記者会見で、あるいは『国家安全保障戦略』や『防衛白書』など日本政府の公式文書でも、これは定型句として固定化したようだ。だから、SNSにいる無数の軍師たちもそれに倣って、同じ定型句を使う。
どうやら言いたいことは、日本に「脅威」が迫ってるということらしい。しかし、どんな「脅威」なのか誰も説明しない。
岸田元首相が残した2022年改定の『国家安全保障戦略』だって、「戦後最も厳しく複雑な安全保障環境」とか「安全保障環境は急速に変化している」というが、
・何が、
・どの程度、
・いつと比べて、
・どういう指標で悪化したのかは、
どこにも書かれていない。あるのは「中国の軍事力増強」や「北朝鮮の核・ミサイル」や「ロシアの行動」や「サイバー・宇宙・電磁波領域」や「グレーゾーン事態」やらの事実の列挙だけだ。
どうしてこんな大事なことを曖昧にするのか。
それは、「脅威」とか「急激な悪化」なんて説明したり、定義したりしてはいけないからだ。なぜなら、そんなことしたら、「本当に急激か?」「本当に悪化か?」「本当に脅威か?」等々と検証が可能になってしまう。反証可能性の芽を摘んでおくためには、説明も定義もしないのが、政府にとって一番有利なのだ。
戦争の理由がぼんやりとした言葉で語られることは、日本に限った話と思ってはいけない。戦争はいつもどこでもそうだった。
戦争は否応なく一般人を巻き込む。政府から見れば彼らを動員しなければ話にならない。戦闘員だけが戦争をするわけではない。戦争になれば、一般人も生活の様々な局面で我慢を強いられる。以前と同じ生活は送れない。だから、一般人を納得させなければならない。
そのためには、戦争の正当化の言葉が必要だ。それが「安全保障環境の急激な悪化」だったり、「中国の脅威」だったりする。
しかし、それを疑って、調べたりする人が出てきては困る。だから、正当化の言葉はいつも曖昧でなければならないのだ。
「脅威」は一番人気
おそらく一番人気の言葉が「脅威」だろう。とても便利で使い勝手の良い言葉だ。一般国民をビビらして、政府は彼らを助ける「セイギのミカタ」ポジションを取ることが出来る。
実際の戦争は多層的なものだ。
一番大っぴらに語られる正当化の言葉(建前)の裏に、実は、かくかくしかじかの理由があるんだよと語る人たちもいる。そういう人たちがテレビやYouTubeの討論番組で人気になる。「本音」を見抜いたオレたちという連帯感が生まれるのかもしれない。
しかし、そこに真実があっても、この語られ方ゆえに、公式・正当・建前勢力はこれらに「陰謀論」とか「ガセネタ」のレッテルを巧妙かつ丁寧に貼っていく。
戦争には、そのような前面に出てくる公式発表である「建前」と、表で説明されない「本音」という二つの層が常にあるのは、これまでの戦争が証明してきた事実だ。
この記事では、その二つの層にもう一つビジネス(経済合理性)という層を切り出して、戦争や武力行使の森に分け入る。
戦争と武力行使の三つの層
第一層:【建前】 公式に語られる正当化理由
第二層:【本音】実際の国家行動の政治的・地政学的動機
第三層:【ビジネス】経済合理性・利益
安全保障の議論には、しばしばお花畑論争で燃え上がる焼畑農業が採用される。その論争の構造は皆さんもSNS上で馴染み深いだろうと思う。
現実主義(Realist)を自称する人達がいつも主張するのは、他国の「脅威」だ(第一層)。そしてそれを国家の現実的動機(第二層)の観点から否定する者が現れると、それを理想主義(Idealist)と蔑み、お花畑と呼ぶ。この逆もあるし、そのヴァリエーションはいくらでもある。
結局、このお花畑論争は、他者が依拠する層が自分と違えば、お花畑と呼んでいるに過ぎない。好意的に見て、彼らは全員仲良くお花畑で舞い、たわむれているだけなのかもしれない。しかし、こうやって、お花畑の押し付け合いは永遠に止まず、SNSの地平に焼け野原が広がり続ける。
その一方で、第三層であるビジネス層は、第一層(建前)と第二層(本音)のような華々しい論争には参加させてもらえず、長い間まるで日陰者のような扱いを受けてきた。実際には、マルクス経済学、従属理論、批判国際経済学などの学派で学術的には議論されてきたが、一般人がアクセスするメディアでは周縁に追いやられて来た。

帝国主義の直系の子孫
現在、我々が見ている戦争の第三層として切り出したビジネス/経済合理性は、19世紀帝国主義の直系の子孫だ。歴史は浅くない。19世紀帝国主義とは何だったのか思い出してみよう。
それは、市場拡大、原料確保、投資先確保、過剰資本のはけ口として、(彼らから見て)劣等民族の住む土地に侵攻し、収奪し、植民地化するシステムだった。その正当化に使われた言説が、「劣った民族の文明化」であり、「乱れた社会への秩序の確立」であり、「可哀想な民族の保護」であった。
帝国主義言説の構造は、現代の戦争にそのまま引き継がれている。
「文明化の使命」は、「民主主義・秩序の防衛」に、
「植民地経営」は、「再建・国家建設」に、
「投資先確保」は、「復興・治安ビジネス」に、
「会社・特許」は、「軍需・契約・FMS」に、
言葉は変わったが、同じ構造が存在するのが見て取れる。直系の子孫というのはそういうことだ。私は長い間、このど真ん中で仕事をしてきた。そのシステムの内側が私の住む世界だった。だから、国際社会の三つの層の併存は、矛盾や不合理の制度化を必要とすることが身にしみている。それに使われて生き絶えるか、使って生き延びるかというゴージャスな選択肢さえあった。
話が逸れたので戻す。30年ほど忘れていた(と言ってよいほど見ていなかった)日本を見つめ直して、日本語をもう一度読み始めて(約30年、日本語を読むことも聞くことも話すこともほとんどない社会にいた)、日本における安全保障を巡る論争を聞くと妙に長閑なものを感じて和んでしまう。
正しいとか正しくないとかそういう話ではない。あの多層化した戦争の世界が、路地で浴衣を着て線香花火をするように長閑な世界に変貌した感覚というのが近いかもしれない。
正当化の言葉がしぶとい理由
華々しく世界を歪めた(そして今も歪めている)19世紀帝国主義の直系の子孫であるにも関わらず、この第三層(ビジネス)が、第一層(建前)や第二層(本音)のような脚光を浴びない時期が、戦後しばらく続いたのは理由がある。
それは、ビジネス/経済合理性という第三層を語り始めた瞬間に、「脅威」のような正当化言説である第一層(建前)が無意味化するからであり、第二層(本音)が依拠する地政学的な「宿命」もこじつけになってしまうからだ。つまり、第三層(ビジネス)は、第一層(建前)も第二層(本音)も援護しない。両方とも破壊してしまう極めて扱いにくいものだからだ。
ところが、この数年、学術誌ではなく、世界の一般人がアクセスするメディアが、戦争の第三層、つまりビジネス層の鉱脈が突然発見されたかのように頻繁に語る。「戦争経済」や「戦争ビジネス」が一般の語彙として使われるようになって来たのはその現れだろう。戦争に関する政府広報的な正当化も、学者による地政学的説明も一般メディアの間でさえ力を失って来たように見える。
この転換のきっかけを科学的に特定するなんてことは出来ないが、ウクライナ戦争の影響が大きかったことは間違いない。全ての正当化言説や政治的動機(NATOの東方拡大、マイダン革命、ネオナチの拡大、ロシア語話者の迫害、ロシアの侵略等々)に関する議論がどの方向に向かおうが、バイデン政権下のビジネス・プラン性が隠しきれなくなった段階に至った時点で、ウクライナ戦争の第三層(ビジネス)に関心が集中することは避けられなかった。
それを引き継いだトランプが、負け戦からいかにして利益を回収できるかに専念してることを隠しもしないので、ますます戦争のビジネス層が目立つようになった。
ここから、一気に「アメリカは戦争をし続けなければ生存できない国だ、アメリカは定期的に武器の棚卸しが必要だから戦争をする、アメリカが広報する戦争理由は表層を覆うだけの建前だ、学者が説明するアメリカの本音でさえ、アメリカの戦争を説明しない、アメリカの戦争を引っ張るのは常にビジネスだ」という言説が燎原の火の如く広がり始めたのは、我々が目撃する通りだ。
では、具体的にアメリカのどの戦争のことを槍玉に挙げるのかと疑問を持つ人もいるかもしれないので、第二次世界大戦後の典型例をいくつか下に列挙してみる。いずれも海外メディアでしばしば言及される戦争だ。
アメリカの戦争・武力介入
以下の各戦争のリストには、①建前、②本音、③ビジネスの三つの層で簡単な説明をつけている。
①建前:公式に語られる理由
②本音:実際の国家行動の動機
③ビジネス:経済合理性・利益
1. 朝鮮戦争(1950–1953)
① 建前:共産主義拡大の脅威/朝鮮半島不安定化の脅威
② 本音:冷戦初期における勢力圏の軍事的固定、日本を含む東アジア前方展開の正当化
③ ビジネス:常設軍需体制の確立、大量生産・在庫循環・長期調達モデルの成立
2. イラン政権転覆(1953)
① 建前:共産化の脅威/政情不安定化の脅威
② 本音:石油国有化阻止、英米資本秩序の維持
③ ビジネス:資源国における政権操作モデルの確立、エネルギー利権と安全保障の結合
3. グアテマラ政権転覆(1954)
① 建前:共産主義浸透の脅威
② 本音:中米における左派政権阻止、米多国籍企業(農業資本)の保護
③ ビジネス:CIA工作+企業利益保護の結合モデル、後の中南米介入の原型
4. ベトナム戦争(1955–1975)
① 建前:共産主義ドミノ化の脅威
② 本音:アジア覇権維持、敗北回避による国内政治延命
③ ビジネス:消耗戦による兵器更新・補給の恒常化、戦争長期化が利益を生むモデルの完成
5. チリ政権転覆(1970–1973)
① 建前:社会主義拡大の脅威
② 本音:新自由主義秩序導入の実験場確保、ラテンアメリカへの見せしめ
③ ビジネス:市場開放・金融資本先行侵入モデル、政権転換と経済再編の直結
6. ニカラグア介入(1980年代)
① 建前:左派革命波及の脅威
② 本音:中米秩序の再掌握、キューバ影響力遮断
③ ビジネス:非正規戦争(秘密予算・武器横流し)モデル、議会統制を回避する戦争運営
7. エルサルバドル内戦介入(1980–1992)
① 建前:共産主義拡大の脅威/中米不安定化の脅威
② 本音:左派ドミノ阻止、ニカラグア革命(1979)への波及遮断、米国勢力圏の維持
③ ビジネス:治安訓練・武器供与・軍事顧問派遣という低強度介入モデルの確立→ 中南米・中東・アフリカで反復利用
8. グレナダ侵攻(1983)
① 建前:共産主義橋頭堡化の脅威
② 本音:小国に対する示威、国内向け成功物語
③ ビジネス:短期侵攻×低コスト×高政治効果モデル
9. パナマ侵攻(1989)
① 建前:麻薬国家化の脅威/治安崩壊の脅威
② 本音:パナマ運河支配の再確認、主権誇示
③ ビジネス:即応侵攻モデル、軍事的成功の国内消費
10. 湾岸戦争(1990–1991)
① 建前:中東秩序崩壊の脅威
② 本音:石油供給秩序の維持、冷戦後覇権の誇示
③ ビジネス:精密誘導兵器の実戦ショールーム化、同盟国への武器販売促進
11. ソマリア介入(1992–1995)
① 建前:無政府状態拡大の脅威
② 本音:冷戦後の軍事的存在意義の確保
③ ビジネス:人道支援×軍事介入の融合モデル、PKO・治安ビジネスの拡張
12. コソボ空爆(1999)
① 建前:人道危機拡大の脅威
② 本音:NATOの存在意義再定義、欧州秩序管理
③ ビジネス:NATO標準兵器・精密打撃の体系化
13. アフガニスタン戦争(2001–2021)
① 建前:テロリズム拡散の脅威
② 本音:中央アジアへの恒常軍事展開
③ ビジネス:永続戦争経済、基地・警備・民間軍事会社市場の固定化
14. イラク戦争(2003–2011)
① 建前:大量破壊兵器の脅威
② 本音:中東再設計、単独覇権行使
③ ビジネス:再建・治安・物流の民営化、戦後市場の巨大化
15. リビア空爆(2011)
① 建前:民間人大量虐殺の脅威
② 本音:体制転換による地域秩序再編
③ ビジネス:国家崩壊後市場(資源・武器流通)の発生
16. シリア介入(2014–)
① 建前: ISIS拡大の脅威
② 本音:代理戦争による地域覇権調整
③ ビジネス:低強度戦争の長期化、無人機・諜報・空爆産業の恒常需要
上の16個の例の全てが「脅威」という建前で正当化できることに気が付かれるだろう。「脅威」が一番人気と言ったのはそういう意味だ。脅威があろうがなかろうが、戦争をするためには、脅威は作られなければいけない。脅威があるから戦争をするのではない。戦争をするために脅威が作られる。
では、そもそも誰が戦争をすると決めたのか。それが「本音」と「ビジネス」の部分だ。この二つが重なり合うこともあれば、相互に関係がないこともあり得る。それぞれの背景には国内の多数の勢力がいるので、自分たちの利益を代表して戦争の裏でせめぎ合う。
例えば、ネオコン、MAGA、シオニスト、グローバリスト、ディープ・ステートなど様々な力がトランプの背後で蠢いているとよく言われるが、トランプ自身は、ただの無教養で異常なナルシストのビジネスマンに過ぎないとしても、背後の力関係で何が出てくるか分からない。最近のほとんど笑い話のような深刻な武力介入の例を見てみる。
イラン攻撃を徹底して戦争に持ち込まなかったことに、トランプのゴルフ友達の共和党上院議員リンゼイ・グラムがあまりにがっかりして、シュンとした表情をテレビに晒して話題になったことがある。リンゼイ・グラムが本音の部分を代表していた。彼は筋金入りのネオコンで、人種・イスラム差別主義者なので、彼の信条からしたら、イランを壊滅したくてしょうがないのだが、トランプには思想もイデオロギーもないので、ビジネスとして旨みがなければどうでもいい案件になってしまう。だから、チャチャっと爆撃をした形をとっただけで彼にとっては仕事は完了したのだろう。
ベネズエラのマドゥロ大統領夫妻を拉致した時も同じようなことが起きた。大統領を拉致してNYまで連れてきたのだから、当然また政権転覆して無理やり米国寄り政権をベネズエラに植え付けるのだろうと誰もが思っていたら(期待していたら)、トランプはそんなことほったらかしで、いきなりべネズエラのビジネス・プランの会見を始めた。建前は、なんでも良かったのだ。麻薬密輸でも犯罪者移民でもなんでも。邪魔な大統領を取り除いて、ビジネスが出来れば、トランプにとっては成功だったのだ。
ノーベル賞受賞者の反体制派のリーダー、マリア・コリーナ・マチャドをベネズエラの大統領に据えるだろうと予想していた人は少なくなかったが、マチャドがノーベル賞メダルをトランプにプレゼントしても、トランプは「彼女はいい人だ」と言うだけで、ベネズエラの方はマドゥロの副大統領をそのまま大統領職において、彼は全然気にしてる様子がない。
トランプの場合は、戦争・武力行使のビジネス層が極端に表に出てきた例であるかもしれないが、アメリカが何か「脅威」と言い始めたら、どんなビジネスが裏にあるのかを考えずに「脅威」などという言葉に振り回されていたら、戦争の全体が見えなくなる。それはトランプが始めた話ではなく、第二次世界大戦後のアメリカの全ての戦争・武力行使を通して一貫していることを上記の戦争リストは語っている。
語らせられる戦争の言葉
一般人は、戦争を第一層(建前)で語らされる。そもそもそれがこの層の言語の役割なのだから。その意図通り、ほとんど一般国民は、この層で与えられた「急激に悪化する安全保障環境」やら「厳しい安全保障環境」やら「中国の脅威」やら「ロシアの脅威」やら「北朝鮮の脅威」等々を語らされる。
時折ドヤ顔で押しいる「本音晒します」グループも参加する賑やかなことになる。しかし、ここで起きているのは、政府が用意した言葉を国民が忠実に使って語り続けてしまうということだ。そこまでが第一層(建前)の射程距離に入っている。いったんこの言語ゲームに入ったら(つまり、鵜呑みにしたら)、出口は用意されていない。
一つ例をとってみよう。
「中国が攻めてきたらどうするんですか?」
と詰め寄る人はよくいる。本人は、党派性など全く無く、切羽詰まった危機感を持っているのかもしれない。これに対して、ミリオタやら軍師が登場して、武器やら戦略やらディテールの披露合戦が始まる。参加者たちは、ど素人の集まりだが、本人たちは心理的には司令官として語り続ける。一般的に言って、この現象は全然珍しいことではない。
サッカーや、野球や、その他スポーツでも、「あそこで三笘がボールを取られたらどうするんだ?」みたいな話が出たら、心理的には監督、実際はど素人の集団がわいわいと論争を始める。それがスポーツ観戦の醍醐味の一つでもあるのだから、目くじらを立てるようなことでもない。
じゃあ、「中国が攻めてきたらどうするんですか?」についてもみんなで考えようよとなるかもしれない。そう思った時、この疑問の素性を考えてみないと、あなたは既に戦争への道に誘い込まれている。
国を会社と見たててみよう。日本の主権者は国民なので、国民は社長で、政府は従業員だ。近代国家の建て付けはそうなっている。それを否定するなら江戸時代か最低でも戦前に戻らないといけない。
もし従業員が社長に向かって、「中国が攻めてきたらどうするんですか?」と詰め寄ったら、それはおかしな話だ。なぜなら、「中国であろうが、どこであろうが、攻めて来ないようにしろ」と契約書には書いてあるからだ。それが理解できないなら、あるいは守る気がないなら、社長はその従業員をクビにしなければならない。
つまり、「中国が攻めてきたらどうするんですか?」というのは、自分の仕事が何であるかも理解していない、あまりにボンクラな問いなのだ。しかし、それを国民と国民の間でやらせる威力を正当化言説は持っている。語らせられることによって、その正当化を強固に定着させていく。戦争をしたい政府の願望を国民の口から語らせ、それに応答する国民自身の語りによって、さらに全体が戦争の言語の内側に囲い込まれていく。
「中国が攻めてきたらどうするんですか?」と発する切羽詰まった危機感を疑うわけではない。本当に真面目に心配しているのだろうと思う。しかし、この質問の源泉はどこにあったかを思い出してほしい。それは、誰かが真空から手品のように作り出した「脅威」だったではないか。その内実は誰も説明していない「脅威」。それを語らせられているのだ。
「中国が攻めてきたらどうするんですか?」という問いは、一見すると現実的に見える。しかしこの問いは、政府の失敗を前提にしている。社長が求めているのは、「攻めてこないようにすること」であって、「攻めてきた後の対処法の空想」ではない。
国家の安全保障とは、
「攻めてきたらどうするか」を想像することではなく、
「攻めてこない状態をどう維持するか」を管理することだ。
にもかかわらず、この問いを国民が繰り返してしまうのは、政府の責任をいつの間にか国民の心配事にすり替えているからだ。
国民の仕事は心配することではない。国民を安心させることが政府の仕事だ。中国であれどこであれ、攻めてこない状況を作ることだ。
国民(社長)は、政府(従業員)に対して、その言葉をそのまま返すポジションにいる。「中国が攻めてきたらどうするんだ?」に対する唯一正しい回答は、これだ。
誰も攻めてこないようにするのがあなたの仕事だ。それが嫌なら辞めてもらう。
END
付録:日中米の三層

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