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明けましておめでとうございます!
この記事は、今年元旦にしたXへの下記投稿を書き起こしたものです。アルノー・ベルトラン氏の投稿に触発されて書きました。ベルトラン氏の引用記事は英語ですが、彼の書法は常に正統で、皮肉や暗喩を含めない文章なので、Xに標準装備されているAI翻訳機能でほぼ正しい日本語になります。(対照的にケイトリンさんの英文をAIに翻訳させると誤訳だらけになります。)
正月早々、アルノー・ベルトラン氏のとても貴重な投稿が目に入ってきた。… https://t.co/Z4u7aGXudc— よしログ (@yoshilog) January 1, 2026
このベルトラン氏の投稿が響いた理由は、私自身の中に、日本をなんとかしたいという動機が常にあることです。今の日本は、日本人の国ではないという根本的な疑念がそうさせるのでしょう。そう言うと外国人排斥のように聞こえる。その結果、パヨクとネトウヨ両方のレッテルをもらいますが、現在の日本の問題がそんな二分法で解決できるような底の浅いものではないのは明らかです。これ以上深入りすると、投稿の繰り返しになるので、続きは以下の投稿内容をどうぞ。
日本人が考えるべきこと
正月早々、アルノー・ベルトラン氏のとても貴重な投稿が目に入ってきた。 日本語訳にしようと思ったが、してもおそらく現在のほとんどの日本人には何も刺さらない予感がする。バカだからではない(いつも日本のことをバカにしているが、もちろん日本人に知的能力が無いと信じているわけではない。それさえ伝わらないのだが)。
問題は、こういう記事を読み、理解するための回路が現在の日本に失われていることだ。それは、日本語による無数のSNS投稿、マスコミの記事、YouTubeの動画などにあふれる言説を見れば、火を見るより明らかだ。 しかし、ほっておくには残念な記事なので、少しだけ解題しておく。
①まず、この記事には「共産主義/社会主義」という語が出てくるのだが、日本ではこういう語を条件反射的に遮断する習慣が久しく根付いている。 ところが、その遮断は、それらの語を思想・理念として検討し理解した結果ではなく、冷戦期に刷り込まれた「敵性ラベル」の結果以上のものではない(だから、同様にこの条件反射的な遮断はアメリカでも非常に強く広がっている)。
つまり、現在の日本では、そんな言葉は、即座に「そんなものはもう否定されたものだろ」という思考停止の合図として機能する。
ところが、ベルトラン氏が要約している2013年の習近平の演説の核心は、「何々イズム」という語を教条的に擁護するのが目的でないことは明らかだ。
彼が問うのは、
• 国家とは何によって正当化されるのか
• 権力は何のために存在するのか
• 共同体は何を目的として結ばれるのか
というような国家のあり方の本質についての問いだ。このような一連の問いは、いかなる政治体制の国家であろうと、国民が真剣に問いたいもの、知りたいもの、知っておくべきものだろう。しかし、現在の日本では、それを不問に付すことが慣行になっている。
②記事中に「上部構造」という言葉が出てくるが、もはやほとんどの日本人にとって、なんの反応も引き起こさないだろう。死語になったからとか、マルクス主義が否定されたからなどと言う人もいるかもしれない。しかし、問題はそれ以上に深刻だ。日本社会の現実は、抽象化された概念を使って「現実を説明する」営みそのものが、ほぼ一掃されたことだからだ。
戦後60-70年代以降、日本では、イデオロギー、国家理念、歴史観、価値の優先順位などは、「危険、面倒、触らないほうがいいもの」という範疇に入れられた。その結果、残ったのは、「経済=現実」であり、「思想=空理空論」、「理念=宗教じみたもの」という粗雑な二分法であった。
③ベルトラン氏が引用する習近平の言葉の中に、「国家は、まず「自分は何者か」を信じなくなったときに崩壊する」というものがある。これもまた政治体制の話ではない。国家一般の話だ。しかし、現在の日本では、国家はあたかも自然に存在するものであり、目的を問うのは危険であり、「何のために?」と問うことを思想強めと見なすことが深く内面化されている。
その結果、日本の政治は、
• 技術的管理(税・社会保障・成長率)
• 既得権調整
• その場しのぎの制度改修
をやっているに過ぎない。
④ベルトラン氏はまた習近平演説の「国を滅ぼすには、まずその歴史を滅ぼせ」という言葉を引用している。ソ連が崩壊した根本原因に歴史の全面的否定があるという話だ。彼らは自分たちが何者か分からなくなったのだと。
日本にはもはや「我々は何のためにこの社会を維持しているのか」という問いが存在しない。だから、共同体(などというものが存在するとしても)は、消費でしか結び付かず、その意味の空白を埋めるために、排外主義、陰謀論、感情的敵視が入り込む。
この点において、ベルトラン氏は、「悪いのは誰かを探し続けている――移民、富裕層、意識高い系、 中国、お互い同士……好きなものを選べばいい」と西側のニヒリズムを指摘しているのだが、ここは完全に日本と一致している。しかし、ベルトラン氏は日本がその一歩先を言っていることに気づいていないかもしれない。日本の場合はさらに深刻なのだ。
なぜなら、
• それを言語化する思想語彙
• 歴史的自己反省の回路
• 国家を相対化する言葉
が、ほぼ消滅しているからだ。
④ベルトラン氏が習近平演説から拾ったこと(↓)は、中国が「百年の屈辱」を乗り越えて学習し、その後の発展に繋げた話としてではなく、実は現在の日本の問題であると日本人読者は読むべきだろう。我々の冗談や冷笑の時間はもう終わった。日本人は急いだ方がよいかもしれない。
• 国家の存在目的
• 統治の根拠
• 共同体の機能
• 歴史を否定した社会の末路
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