スーパーでラムの骨付きバラ肉をふと見た瞬間から、頭の中が遠い過去へ旅し始めた。他のものが見えない、聞こえない状態になってしまう。その肉を買って、頭の中に流れる情景をスマホに打ち始め、ツイートした。
思いがけなく、たくさん反響があって驚いた。レシピというほどのものはないけれど、少し書き加えて、ブログ記事にすることにした。
1/ 住む場所が変わると嗜好が変わることがある。あるいは新しい味を覚えるというべきか。
その典型的なのが、僕にとっては羊や山羊の肉だった。
日本にいる時も欧米にいる時もなるべく避けていた。臭いがどうしても嫌なせいか美味しく感じなかった。ところがクエッタという場所に住み始めて一変した。 pic.twitter.com/JwOscRyfcb— よしログ (@yoshilog) December 17, 2020
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住む場所が変わると嗜好が変わることがある。あるいは新しい味を覚えるというべきか。
その典型的なのが、僕にとっては羊や山羊の肉だった。日本にいる時も欧米にいる時もなるべく避けていた。臭いがどうしても嫌なせいか、美味しく感じなかった。ところが、クエッタという場所に住み始めて一変した。
南アジアから中東、アフリカにかけて羊とか山羊を食べる文化が広がっている。イスラム圏と被っている地域が多いので豚は食べられない。牛や鶏も食べるが圧倒的に羊・山羊が多く食べられる。
クエッタというのは、パキスタン、アフガニスタン、イランの三文化の交差点のような街だった。
そんな街に赴任したのは約28年前。そこで現地部族の最大のおもてなしが羊か山羊の丸焼きだった。地面に掘った穴の中に焼けた石を入れてその上に香辛料まみれにした羊・山羊を一頭まるごと入れて上からまた焼石を入れてふたをする。昼の間にその仕込みをして、夕方に丸焼けの羊・山羊を掘り出す。
取り出した熱々の一頭をテーブルのような台に乗せて、身を引きちぎって食べる。身はよく焼けてホロホロと取れる。見栄えがグロいし、自分にとっては苦手な羊・山羊なので、なんとか食べずに逃げ切れないか考えていたが、あまりにしつこく勧められるし、ホストの気分を壊したくないので食べた。
なに?
何、これ?
美味い。めちゃ美味いやんけ!驚いた。すごい味だ。肉の香りというものを初めて感じた。「羊・山羊=臭い」という固定観念が崩壊した一瞬だった。香辛料まみれの皮はパリパリに焼けていて、中の身はとろけるくらい柔らかい。塩味の効いた皮を少しかじって身を食べるとちょうど良い。
それまで、羊・山羊が好きになれなかったのは不味い羊・山羊を食べていたからだったらしい。
それからは貪欲に羊・山羊を食べ始めた。
その数年後、アフガニスタンに住み始めた時、カブール市内のカバブを食べて喜んでいる外国人はバカだと思われていることに気がついた。
あいつらはゴミを食って喜んでいると言うのだった。カブール市内のカバブ屋は都会のゴミを食ってる羊・山羊を使ってるから、彼らにとっては不味くて食えないそうだ。僕はそれでも美味しいと思っていた。
じゃあ、美味しいカバブ屋に連れて行ってくれと頼んだら、なんとそこまで車で3時間もかかる。
もちろんその業務を決行することにした。タリバン同様、我々も関所を要所要所に作って人の移動を監視していたので、その美味しいカバブ屋に近い関所を調査慰労しに行くという仕事が突然発生した。
朝早くカブールを出発してたどり着いたカバブ屋は昼前なのにもう賑わっていた。誰だよ、こいつら。
カブールから南へ3時間もドライブすると、もうどこまで行っても地平線が見えるだけで、たまに集落があるだけ。そんな集落の一つにそのカバブ屋はあった。
そこに場違いな数の人間がいた。彼らはイランから帰ってきた難民だった。途中そこで休憩してカバブを食べてカブールに向かうところだった。
なんだ、我々のお客さんじゃないか。
彼らの情報は関所で集められ、現地本部のあるカブールに送られる。そこで我々から、いくらかの物資を受け取ったり、一時的な仕事をもらったりする。
彼らはイランとアフガニスタンの国境を越えてヘラートという街を経て、そこから東へ進みカンダハルに入る。
(紺色の線がここで書いたアフガン難民のイランからの帰還ルート。クエッタから伸びる紫の点線は、先史時代から使われていた交易ルートらしく、上の方が現在のアフガニスタンとパキスタン、下の方が現在のイランとパキスタンを結んでいる。ウィキペディアの地図を元によしログ作成)
面白いことに、現代のアジアハイウェイが同じルートを使っている。ヘラートーカンダハルーカブール、カンダハルークエッターカラチが繋がっているのが上の地図で見える。
カンダハルから北上しカブールを目指す。ようやくカブールまで3時間のところまで到着して、懐かしい地元のカバブを食べていたのだった。
ここのカバブの美味しさは忘れられない。もう生涯この味に出会うことはないだろうと思う。
身はとても小さく切ってあり、1センチ幅くらいの平たい串に刺してある。この形の串だと身に火がよく通るかららしい。小さい身なのでいくらでも食べれる。香辛料はほとんどかかってない。山の塩の味が引き立つ。アフガニスタンには山の塩がたくさんある。その串を結局、5人で120本くらい食べた。
肉の香りが香水のような気がする。どうしてこんなに美味しいのかと同僚のアフガン人にきいた。僕以外はみんなアフガン人なので、口々に説明を始める。
まず、羊・山羊の味はどこで何を食べて、どんな水を飲んで成長したかで決まるというのが基本らしい。
そして、このカバブ屋が仕入れる羊・山羊がどこのものか客は知っている。この地域は水が美味しくて有名なところだった。そして、この羊・山羊たちはラベンダーの草原で成長したやつらだった。
そうか、確かにアフガニスタンにはラベンダーで地平線が埋まるような草原がある。紫の地平線。あれだ。
うっかり水と書いてしまったけど、日本でこれを読むと森の中の清流みないなものを想像してしまうかもしれない。全土がほぼ土漠のようなアフガニスタンでそのイメージに合うところはほんの少ししかない。
土漠の下には水が流れている。水脈が網の目のように広がっているのだ。誰にも見えない地下水脈の地図が遊牧民たちの頭には入っている。カレーズとか、カナートと呼ばれる地下用水路は、地下水脈を利用したものだ。ペルシャ文明がメソポタミア文明に打ち勝ったのは、ペルシャ文明側にカナートという技術があったからだと言われている。
遊牧民たちの移動について少し理解が深まったような気がした。めちゃくちゃ動いてるように見えても、遊牧民のグループごとにルートが決まっている。そして、バラバラになっているように見えても、グループごとに階層ができていて全体として一つの大きな政治力もある。そこまでが僕の理解だった。
これにラベンダーと水と羊・山羊を加えると、一挙に視界が開けてきた。彼らは日常的には一切の政治闘争の外にいるように見えるが、肝心な決戦の時には、タリバン側についたり、その敵の北部同盟側についたりしていた。その論理は何なのか?それが疑問だった。
アフガニスタンは大きな国だ。その隅々まで、土地の植物と水の配置を理解している点で、遊牧民たちは土地に縛られた農業民よりはるかに優位な地位に立てる。羊・山羊は、ちょっと前の先進国で言えば、石油のように大きな経済的な資源だ。その鍵を握っている人間たちが遊牧民なのだから、弱いわけがない。
余所から来た我々のようなバカ者は何も分かっていない。滅茶苦茶に壊すだけで、何も創ることは出来ない愚かな干渉を国際貢献とか国際協力と呼んでいる。
たらふく羊・山羊を食ってカブールへ戻る車中でほんの少し視界がクリアになったような気がした。
見えないものを相手に仕事をする。
イランから国境を越えてヘラート、カンダハル、カブールへと動いてる人の流れを関所を作ることによって我々は可視化していた。伝書鳩が送るような紙の情報をリレーして渡して行くだけで、アフガン全土の人の動きを把握していた。電子的な道具は何もないが、データは着々と蓄積されていく。
いつか書いたことがあると思うけど、NY州のクオモ知事がやろうとしていることはとてもよく分かった。彼は見えない敵を可視化することに全力を注いでいた。防衛するためにはそれが必要だと考えたのだろう。検査はレーダーとして機能し始めた。それを理解できないバカはとりあえず落選した。
広大な土地が遊牧民の頭の中では情報の塊として存在しているはずだ。僕はそれを自分の頭に移植したいと思ったものだ。見えないものを可視化するというのは公的な仕事には必ずついて回る。未知対応能力が低い役所は繰り返し作業を使って、未知に対応しようとする。そして、見えているものまで不可視にしてしまう。
スーパーで真空パック入りの子羊の骨付きバラを見つけた。これをラムチョップにしたら美味しいか?悩んだが買ってみた。
(写真は僕が買った実物の写真ではないが、買ったのはこんなやつ)
塩と胡椒だけで焼いた。ジューシーで思いの外美味しかった。柔らかい肉を噛むたびにほんの少し香りが出てきて、アフガニスタンの地平線を思い出した。
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ここから少しだけ、僕がラムチョップを作ったやりかたを書いておく。フライパンだけを使って、合計15分くらいで出来ると思う。
1. 買った時は、下の写真のように塊になってることが多いと思う。それを包丁で骨一本ずつに切り離す。(写真は実物ではない)。
2. 一本ずつバラバラにすると、こんなふうになる。(写真は実物ではない)。
3. ここで、僕は塩と胡椒だけをふりかけたが、好みでいろんな香辛料を試しても面白いと思う。
4. 外側に油がついてます。これを最初にこんがり焼くととても美味しい味が肉に広がります。その外側の部分をフライパンにつくように一本ずつ肉を立てて置く。倒れるかもしれないので、菜ばしか何かでおさえておかないといけないかもしれない。油の厚さによもよるけれど、3分〜4分くらいでこんがりする。
5. 上が終わったら、あとはぺたっと倒して、各面を4,5分焼いたら火が通る。焼き具合は自分の好みで選んで下さい。
6. 最後にアルミホイルにくるんで1分くらい待つと、中までほんわかする。写真は最後にアルミホイルを開けたところ。
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