上記イベントを終了しました。あいにく僕の方の通信状況が悪く、声が途切れたりしたのですが、なんとか続けました。2時間半の録音のうち使えるところを切り張りして、2時間5分にまとめたのが下のポッドキャストです。
チャン・バン・クエンさんと初めて話した印象は、あ、この人はインテリだということでした。しかめっ面をしたまどろっこしい奴という意味ではありません。懐中に蓄えた知識を披露するのではなく、ニュートラルな言葉のやりとりを恐れずにすることが出来るという意味です。しかも、チャンさんからは、とても前向きのエネルギーを感じました。これは僕がベトナムという国から感じる威力と同じものなのでしょう。
ハノイの街を歩いていると、何も恐れず自由に生きる威力みたいなものを感じます。ハノイはとても魅力的な街です。その魅力の中心は、人だと僕は思っています。誰かの目を気にして萎縮している様子もないし、誰かに抑圧されているような気配もない。自由なふるまいが自然に存在する。どこの馬の骨か分からない極東人に対して、横柄にもならず、卑屈にもならず、フラットに対応してくれる。そういう人々が街の顔を作っている。初めてハノイの街に行った頃、これはなんなんだろうとよく考え込みました。
一つの仮説に過ぎないけれど、結局ベトナム戦争に勝ち抜いたという経験と記憶がこういう人々を作っているのではないかということです。自分の人生・生活・生命を自分がコントロールしているという自覚を持つことが出来るとしたら、それは、浅はかな空威張りではない、自我の深いところ、もはや意識にものぼらない深いところで、揺るぎない自信を構築するのではないだろうかと。
ベトナム戦争といえば、一般的には、まるで盧溝橋事件のように、アメリカが1964年にでっち上げたトンキン湾事件を起点として、1975年のサイゴン陥落まで続いた11年間の戦争のことを指しますが、僕はそれではベトナム戦争の意味を見失うと思っています。ベトナム戦争は、1847年のフランスによるダナン砲撃に始まる植民地化との戦いの最終段階であると見ないと、ベトナム人にとってのベトナム戦争の勝利の意義を理解できない。
ベトナム人の民族としての独立の戦いが、1847年に始まり、1975年に終わったと見るべきだと思っています。ベトナム人は、完全な独立のために128年間戦っていたのです。彼らの敵は、フランス、日本、アメリカと変わって行きましたが、外国の支配から脱して、独立を果たすという目的は変わってません。それが、チャンさんとの会話で僕が話していた縦軸のことです。
ベトナム戦争を僕が横軸と言った冷戦の代理戦争としてだけ見ていては、ベトナム人にとってのベトナム戦争の意義を理解できないと思います。ベトナム戦争の勝利は、単に西側ブロック(資本主義)に対する東側ブロック(社会主義)の勝利ではなく、ベトナム国家の独立の達成であったところに、ベトナム人にとっての大きな意味があります。
ベトナムの人々から感じる自信と前向きな姿勢は、128年間の戦いに勝ったという体験に根ざしているのだろうと思います。チャンさんと話して改めてそれを感じました。
下に続くのは、戻ってきたアンケートから抜粋した感想です。
とても共感出来る話が多かったです。
Roux
よしさん、チャンさんこのような機会を設けてくださりありがとうございました。有意義な時間でした。
匿名希望
ベトナムが元気な理由、日本に元気がない理由がよく分かりました。
匿名希望
ベトナム人の気質や考え方を知ることができて、とても勉強になりました。チャンさんご自身がとても自信がおありで、楽観的で、努力家で、お話しを伺うのが楽しかったです。女性の立場が日本とあまりにも違うので、そこも日本は大いに学ぶべきだと思いました。これからのベトナムの発展が楽しみです。ありがとうございました!
匿名希望
貴重なお話ありがとうございました。今回はベトナムの方からの視点でしたがいろいろな視点で物事を見て、良い方向に向かって行こうとするLIVEシリーズ、いつもありがとうございます。
John Paul
いやー、じつにおもしろかった。 チャットを上手に拾うチャンさんのおかげで、いつになくチャットが盛況だったのはとてもよかったです。 ありがとうございました。
匿名希望
今までベトナムについて感じていた疑問、中国とけん制し合いながら良い関係を維持していることや、街や人にポジティブさを感じることなど、その背景を知ることができました。
ns
ベトナムの女性は強いという話でしたが、男性も権力から自由なのかな?と思いました。
わたしのまわりでは、わたしが組織のリーダー格の男性と異なる意見を言うと、あっという間に村八分になります。女性は仕事以外のことにも注力することが多く、たとえ同じ意見を持っていても連帯することが難しく、男性陣はリーダー格の方の意見と異なる意見を言う人はおらず、そのため、リーダー格の方と異なる意見を言うわたしはあっという間に日常生活を送ることが難しい状況に陥ります。転職しにくい状況も、その是正を阻んていると思います。
匿名希望
ガザ虐殺、能登地震等嫌な出来事の連続で「これから自分、世の中はどうなるのだろう」と悲壮感ばかりが溜まっていたところに、飄々と日本でしっかり生きておられるチャンさんが、涼風を吹き込んでくださった気がしました。あくまで希望を持って、楽観的に、あまり深刻にならずに毎日を生きてゆくという姿勢が素晴らしいと思いました。しかし、その裏で、けっして仰らなかったですが、もの凄い努力をされ、耐えて乗り越えてこられたこともたくさんあるのだろうと察します。
岩田 朋之
とても興味深いお話を聞くことができました。よしログさん、チャンさん、どうもありがとうございました。
匿名希望
異なるメンタルで見た日本を教えていただいてとても刺激を受けました。変えていかないと、言われて反射的に無理だと思ってしまったところこそを変えていけば何か突破口があるのかもと感じました。いつか外に出て行かざるを得なくなるかもしれないですし。このような機会をいただいて感謝です。
aji
長い時間ありがとうございました。ちょうど夕食時だったので子ども(高校生)にも聞いてもらえて良かったです。
チャンさんのベトナム戦争のお話(みんなで力を合わせてベトナムからアメリカを追い出した)はとてもびっくりしました。学校の歴史の授業ではもっとアメリカが良い国のように習ったと覚えています。学校で教えることがあんなにもアメリカ寄りに偏った内容だったとは!と衝撃を受けました。
先ほどあらためて子どもの教科書を見返すと、教科書自体は『ベトナムの人々の抵抗と世界の反戦運動の高まりにより撤兵した』とフラットに書いてあったので、学校の先生がアメリカ寄りだっただけかもしれません。それもおかしなことですが。
匿名希望
ベトナム戦争では代理戦争で、ベトナム人が巻き込まれ浪費した印象が強かった。
確かに戦争に勝って独立を勝ち取った、ベトナム側の立場にたてば全く見え方が変わってくる。私がこれまでまったく気が付かなかった、でも大切な視点でした。
ウクライナ戦争もどう着地するべきなのかの一つの答えが見えたように感じる。
Rui Sakano
興味深く拝聴しました。女性の地位・立ち位置の話の時にすぐ連想したのが中国で、かの国も報道官やら群やら普通に女性が活躍しているようにみえたので、社会主義国家ならではの減少かと思いました。が、ベトナムでは主義ではない傾向というお話であり、人権などの意味でも同等なのか興味を覚えました。日本では、共同親権の法案についての問題があり、ほかの国ではどうなのか、が気になっていたところでこのあたり(共同親権についての考え、制度、人権に関するベース、家庭内暴力など)についても質問すればよかったと(あとから)思いました。
<反省点・質問は事前に用意しておくに限る。>
Liu
興味深いお話をありがとうございました。
日本人の大半の歴史認識がいかに甘く、偏っているか、また、他者との関わり方、他国との関わり方がいかに幼稚であるかを改めて認識しました。
学校教育や一般報道の中で与えられる情報だけに浸かっていては、愚を極めるだけ。精神面でも物質面でも世界からすでに大きく後れていることを自覚したうえで、一人ひとりが視野を広げ、情報を正しく取捨する目を養うことが重要だと感じます。
今後もこのような機会を頂戴できればありがたく思います。よろしくお願いいたします。
Ryoko
ベトナムの歴史や戦争について知ることができ、大変有意義なイベントでした。チャンさんの明るくユーモア交えたお話を聞いて、あらためてベトナムの方々の強さと、前向きさが素晴らしく、 頭が下がる思いです。
海外の方と話す機会が、全くない井戸の中の生活なので、 このようなイベントはとても貴重です、また是非開催をお願いします。
riria
よく知らなかったベトナムが近くなったように感じました。 色んなお話をありがとうございました!
岩井 祥子
感覚的な感想です。
よしログさんのいつものトーン、濃密に整理され圧縮された内容の講義と違ったところは、新鮮でした。 特に、「次期総理大臣に吉村さんどうですか?」と問われて、一瞬、よしさんが「えっ?」となったところなどは、スリリングで。
というのも、日本がダメ、むろん大阪の吉村さんなぞ論外、というのは、コミュニティでは共通の認識であると思われ、その点が、コミュニティ内の安心感だと思います。しかしその安心感は、一歩外に出ると外側とは乖離していることを、垣間見れたからです。
Tran Van Qoyenさんに感じたことは、将来に対して、素直に希望を持っているということです。個人のお人柄があるのかもしれませんが、自分の将来やベトナムという国に未来を感じられるということもあるのだと思います。
半面、日本は、変えなくてはならないと思っているリベラルの間でも、「もうどうにもならないのではないか?」という絶望感や、希望がこじれてしまった後のどうしようもなさ、のようなものが、払拭できない感じがしてます。
Quyenさんが、「できない、と決めないで、やってみればいいじゃない」とストレートにおっしゃっていた事も、本来はそうなのかもしれないのです。けれども、「もうやってもだめなんだ」「やる過程の道のりの遠さ、しんどさ」「やった後、改善された成功体験がない(むしろ傷つき、ダメージを食らう)」重苦しさの方を、個人的になりますが、感じてしまいます。
それは自分だけではないと思います。
教育とか、個人の資質という事を超えて、よくないことが成功した、改善した、という小さな成功体験すらも、ないからだと思います。
学校でも、職場でも、地域社会でも、「何かに気が付き、改善しようと考え、人々に働きかけ、協力して、行動を起こし、改善された喜びを分かち合う」このようなステップが、社会のいたるところで生まれるようでなければ、国政選挙で政治を変えれば、社会も自分の生活も変わるということは、全く思いもよらないことだと思います。
それは、ひっくり返して、憲法が変わってしまえば、自分の今の生活が全部変わってしまうのだ、という事も、想像がつかないことにつながるかと。
群馬の森の朝鮮人追悼碑が撤去されるというとんでもないことが目の前で起きており、 歴史修正を顧みるどころか、どんどん悪化していく(実際、他の自治体でも起こっているようです)ことをどうしたらよいのか。「過去は過去、今は今です」とあたり前におっしゃるQuyenさんの言葉が、遠くにかすんでしまう、とても悲しい気持ちでいます。
KA
▪️色々な意味で面白かったです。チャンさんは知的で、逞しくて、ユーモアがあって、エネルギー量のある人でした。最近、エネルギーのある日本人が少ないので、もうそれだけでも得した気分です。
▪️Yoshi さんの事を「先生」と読んでいたのは、目上の人(主に男性)を「先生」と呼ぶ中国文化の影響もあるのかな?
▪️数分ほどその場を離れる必要があって聞き逃したのがなんと「ベトナム戦争ああ勘違い」のくだり。残念、無念。音が途切れていても良いので、録音あれば嬉しいです。
Lovi
X(旧ツイッター)でチャン・バン・クエンさんのポストをいつも楽しみに読んでいました。日本人でもなかなか見られない流暢な日本語と理路整然とした語り口がまず読みやすい上に、ポストされる内容がベトナム戦争やベトナムとその周辺の歴史や、日本社会の観察が多く、とても興味深いのです。
いつかのよしログ・ライブで、”ベトナム戦争に日本はまったく無縁ではない”というようなことを言った時、ええ?という反応がほとんどで、いまさらですが、日本の歴史教育の欠陥を思い出すことになりました。日本がかつてベトナム(その他多くの国)を占領していたことなど、日本ではもうほとんど誰も知らないし、知らなくてもよいということになってるのでしょう。これで、国際社会でまともな大人として相手にしてもらえるわけがないのですが、その話はまた別のところでします。
ともかく一度チャンさんの話を直接聞いてみたいと思っていました。今回やっとその機会に恵まれてとても楽しみです。Zoomで話しますので、興味のある方は下の参加申込フォームにご記入ください。但し、いつものように荒らし予防のスクリーニングをします。
実施日:2024年1月28日(終了しました)
開始時刻:午後6時(日本時間)
実施方法:Zoom
参加料:無料
参加方法:参加申込フォームに記入する(荒らし予防のためスクリーニングを実施します)。
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