LIVE 21「東京五輪の時代」レビュー

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日本の近現代史シリーズ第二回目の「東京五輪の時代」は、1964年の東京オリンピックを境に日本がおどおどとした敗戦国から、恐る恐るあるいは大胆に先進国という幻想に踏み出した時代の世界についての話です。

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レビュー

日本は戦略を持たない国なんですね。高度成長期・オイルショック共にただ根性で乗り切り。トップに躍り出ても策がないのでそれ以上成長出来なかった。つまり息切れした。世界が権力との闘争になった時日本の学生も立ち上がる。大人達は自分達は苦労はしても同じ苦労を子供達にはさせたくない。そして、生活に必死で学ぶ事など殆ど出来なかったが、子供達に良い学校に行き良い会社に行きと考えたでだろう。そんな思いで育てた子供達が社会から外れていく。理解出来ず、その動きを頭ごなしに押さえつけてしまった。そうやって育った者、失敗や挫折のない者に策を講じる事はまた出来ない。何処かで立ち止まり深呼吸が出来る体質であれば良かったのに。全速力で経済成長させなくても良かったのにと。それが正に円谷さんだったのではと思いました。

今回も長時間ありがとうございました。

今日のウェビナー、ありがとうございました。とても勉強になりました。分からなかった単語も結構あったので、後で調べてみます。内容の感想の前に、今日のウェビナーで感じたことを書こうと思います。

私は今まで今日のウェビナーほど安心して聞いていられた講義を受けたことがありません。今まで学校で授業中に何度も教師のヘイト発言を聞いてきました。しかもさらっと授業内容に付け足して言うので、生徒も疑問も持たずに自然とそういう考えになっていきます。

高1の時の数学の先生は、雑談的な感じで授業中に韓国ヘイトを言ってて、生徒も「え!そうだったの?!」と信じ込んでいました。

中3の時には、人権についてほとんど教育されてないのに、夏休みに都か区から人権作文を宿題で出されました。入賞の欄に内閣総理大臣賞があって馬鹿馬鹿しくなって書きませんでした。

中3の時の理科の先生は、原子力の授業の時に、「はたらく放射線」という、放射線はこんなに素晴らしいメリットしかないからどんどん原子力使おうぜみたいな動画を見せられました。デメリットは何も教えられない状態で、プリントが配られ、「あなたはこの動画を見て、原子力をもっと活用すべきだと思いましたか?それとも使用を今すぐ中止すべきだと思いますか?意見と理由を述べよ」と書いてありました。私はその時、原発の危険性や放射線による被曝について調べたことがあったので、ある程度原子力は危険だということを知っていましたが、何も知らない人は、そうやってデマを吹き込まれていくのだなと思いました。

また、その先生は環境の授業の時に、「人間も地球上に生まれた生態系の一部だから、人間が温暖化を加速させてしまうのはある意味しょうがない。」と言っていて、正気かと思いました。

中学校・高校は、そういったことばかりで、常に神経質になっていたし、そういうことを聞いた時のダメージは大きかったです。次第に学校や大人、社会へ絶望を感じ、疲れました。私が勉強が嫌いになった理由の一つでもあると思います。

そういった講義・授業しか受けてこなかった私が、今日のよしさんのウェビナーをどれだけ安心して聞けたことか、感動しました。私今までこういう教育を受けてきたかったんだと気付きました。私だけじゃなくて、同年代の人たちみんなに聞いてもらいたいと思いました。

というのが感じたことです。

内容の感想を書きます。

円谷さんの自殺や1964年の東京オリンピックを中心に、年表のその年前後の日本や世界の出来事を見ながらの説明が分かりやすかったです。社会的な大きな出来事だけでなく、当時の音楽や映画、小説など、文化的な面も知れて、より一層その時代に入り込んで円谷さんの自殺やその他出来事を感じ考えることが出来ました。年表に書いてある出来事が全て深い関連性をもっていることに驚きました。

私はオリンピックが嫌いでした。日本の選手がメダルを獲ると、「日本すげえ!」と騒ぐ人たちが出てくるからです。また、国もオリンピックを開催して経済発展や利益を得ることしか頭にないのでさらに嫌いです。元々のオリンピックは個々の競争だと今日のウェビナーで知り、その時代のやり方に戻ってほしいと思いました。聖火リレーがベルリンオリンピックのヒトラーの宣伝目的で始まったと知り、納得してしまいました。ヒトラーの指示獲得の為、一回人種差別をやめたことが、自民党が野党時代、TPPに反対していたことと似ていました。ヒトラーのやり方が、今の自民党のやり方と本当に似ています。

日本軍が、中国大陸にやった三光が出てきて、日本軍が中国や韓国にどんな略奪をやったのか詳しく勉強したいと思いました。

国民所得倍増計画で、経済は潤ったと思いますが、もしその中で弱い立場の労働者が搾取されたり、何かの犠牲の上にそれが成し遂げることが出来たのだとしたら、それも知りたいです。

第一次オイルショックやニクソン・ショック、為替?のところは、分かりませんでした。なぜイスラムが押さえつけられてたのかなど、詳しいところを知りたいです。

G7の今まで話し合われてきたことや、成し遂げられたことをもっと勉強しようと思います。

最後に、私はFridays For Future(グレタ・トューンベリが始めたストライキからできた全世界各地にある若者の環境活動)(名前は伏せてほしいです)に入っています。Fridays For Future内で催される勉強会は、凄く勉強になりますが、団体のメンバーが東大、早慶、MARCH、東北大あたりの大学生や、高校生だと西校など、質の高い教育を受けてきた秀才な人ばかりで、何にも勉強してこなかった私には内容を理解することは大変です。自尊心が毎回ズタボロになります。日本は特に、勉強してる人としてない人の差が激しいと思います。秀才な人や裕福な人達だけが社会問題に取り組むのではなく、どんな状況の人達も人間として生きていくために必要な教育を受ることが出来、歴史や社会問題も学べて、みんなで良い社会を作っていけるようになって欲しいです。

私が環境の勉強をしていて、一番大切だと思っていることが、物を大切に使うことです。プラスチック問題や食品破棄問題、環境汚染問題は全て、作りすぎ捨てすぎの大量消費社会のシステムにあります。これは大企業や国の利益追求が原因です。高度経済成長を経て、資本主義的な社会システムになってしまった原因を知りたいです。

長くなってしまいました。すみません。勉強する機会を下さって本当にありがとうございます。よしさんのウェビナーを聞き、自分の中で考えをまとめることが、凄く勉強になりました。今後も参加していきたいです。

ありがとうございました!

今日も知らないことが多くて難しいお話もありましたが内容の濃い2時間でした。次回も楽しみにしております。

年表の進化形をみられただけでも大満足の内容でした!知らないことだらけでした…。 イスラムの話もぜひ、お願いします。

イスラム回の開催を是非お願いします。

歴史、経済、政治にたいした関心を持たずに学生をできていた過去の自分に呆れています。 そんな私には言葉すら知らずわからない難しいこともありました。 音楽や映画、スポーツなどと並べてみると、イメージしやすそうなので年表がとても気になりましたが、画面で小さくてよく見えなかったのが残念でした。 イベントの満足度を上げるには、自分の知識を増やさないといけないなあと思います。 ついつい狭い視点の中で「まあこんなもんか」みたいな感じになってしまうのですが、そんな私の目を外に向けさせてもらっています、ありがとうございます。

個人的な欲望ではあるのですが、どうみても一回じゃやり足りないので満足度ひとつ減らしました。

音楽含めたこの時代のカルチャー編のスピンオフもそうですが、本ライブにおけるエクストラ回として、70’sから80’s〜に向かうやつもいつかやってほしいです。

パンクムーブメントがどうして起きたのか、については、ここを基軸にしないと理解ができないわけで、それは今回や前回のアプローチと同じ手法でやれるからです。

でないといつまで経ってもオフスプリングやグリーンデイがパンクと言われてしまいます笑。いや、そこじゃなくて、サッチャー政権とかレーガン体制とかもカルチャー含めて十分面白いと思っているのです。そういう世界情勢の中で日本だけが浮き足立っていく様もみんなで眺めてみたいなぁと思ったのでした。

それはともかく、とびっきりのコンテンツをありがとうございます!!

今年中のイスラム特集を期待しています。

70年代に金-ドル固定相場制が変動相場制に変わるという大きな出来事があったことを全く知らなかった。国際的な力関係の変化により、今普通に思っている制度が大きく変化することがあるという例の一つとして覚えておきたい。ブレトンウッズ体制以前はどのような制度だったのかも学ばないといけないと思った。

小説中の20代の若者の主人公の態度から、時代の変化が読み取れるという話が興味深かった。日本だけが社会変革を諦めて、他国は徐々に変化させていったとのことだったが、詳しく知りたい。日本の停滞は「風の歌を聴け」の頃から決まっていたということか。音楽や映画を絡めて過去の出来事を語っていくという手法は、当時の市民からの目線も意識することができるので面白い。今後のお話も期待したい。2時間の講義だけでは理解しきるのが難しいので、関連書籍を読んだりして情報を整理したいと思う。

知っていそうで知らなかったこと、また、全く知らなかったこともいくつかありました。これはまさに歴史をどう描くかの視点の違いによるもので、学校教育を含めて自分自身が理解していたことには含まれていなかったことなのだと思います。東京五輪を挟んだこの時代の世界のありようがダイナミックに迫ってくる感覚がありました。そして、日本が世界とシンクロしている時代がどのようであったか、自分が生まれる前で分からなかったものが、少しは感覚的に分かった気がします。

どなたかが日本は戦後復興以上の目標を持って来なかったのではないか、とチャットで書いておられましたが、世界とシンクロしていた時代とその後の時代を考えるにつけ、さもありなん、という気がします。反体制が、いわば非体制に取って代わって、社会の変革にコミットしなくなった結果、経済的・物理的(人モノ金の移動含む)には世界に含まれていても、精神(国家としても個人としても)におけるガラパゴス化・極東の島国化が進んでしまったものと想像します。個人的にはバブル崩壊後の30年にこれが進んだものと思っていましたが、もっと早かったのですね。

内容が濃すぎてどこから述べたらいいのか、ってくらい多方面からオリンピックと高度成長時代を軸に、世界と日本の当時の状況を解説頂き、とても面白かったです。大学の卒論でこういうことを書きたいと思ってすぐに挫折したことを思い出しました。

・円谷さんの遺書、聖火リレーはヒトラーが始めたこと、国力を競うものになっていったなど、オリンピックの負の側面は、ずーっと前からあったのですね。

・音楽や映画など、知らないものがたくさん出てきたので、あとで視聴しようと思います。 見聞きしていたものも、歴史の中で考えたことがなかったので面白かったです。 あの時代の日本だと、加川良とかはっぴいえんど、金延幸子など聴いてました。

・今回最もショッキングだったワードは「日本が世界とシンクロしてた最後の時代」です。 なんでそうなってしまったんだろう、、というテーマが生まれました。一方でアニメなど文化面ですが世界をリードすることになったり、日本の不思議というか、ポテンシャルというか、どこからくるものなんだろう?と。

・為替相場やニクソンと日本の首相とのやりとりなど、全く知りませんでしたが、今より存在感があったことはわかりました。

毎回貴重な学びをありがとうございます。次回もとても楽しみです。

今日はありがとうございました。

自分が近現代史に暗いのは知っていたものの、その無知がどれほどのものかは全く分かっておらず、ドキドキしながら参加しました。

受験勉強で「ニクソンショックは1971年」「第一次オイルショックは1973年」等重大事案は知識として入っていても、それぞれがなぜ起こり、世界にどう影響があったのか、などはよく分かっておらず、ましてや繋がりも見えず、、、さらにはいま改めて考えると当時テストで点を取るための暗記事項というだけで「自分の存在する社会で実際にあったこと」としてすら認識していなかったことに気付かされ、いくつもの(良い)ショックを受けました。 いまは、まだその余韻中です。。

社会人になり政治や経済に関して実感があるからこそかとは思いますが、臨場感(という表現がふさわしいのか?ですが)を持って過去を知ることは、これからの未来をどう創るかに大きく影響すると感じました。

今回の講座でより近現代史を知りたいと強く思いました。

それは、受講する前に思っていた「無知を少しでも解消したい(無恥になりたくない)」というネガティブなものから「歴史の事象から背景を紐解き”今の世界”をもっと理解したい、そして未来を創造するための糧としたい」という好奇心へと変化しました。

また、個人的には時代の変化と芸術は密接に関係していると思っており、人類の進化に寄与する芸術のサポート活動などもしているため、音楽との相関は興味深いところです。

いただいた年表をゆっくりみて、各件に関し調べてゆきたいと思います。

いつも本当にありがとうございます。 まだ先になるかとは思いますが、Yoshilogさんから教えていただいたことを生かし、次世代のために少しでもよりよい社会へ変革できるような仕組みを生み出してゆこうと思っています。

第二回目を希望します。とくに情報が少ない中東に関する近現代史をお願いしたいです。(もちろん、音楽の視点からの歴史の回もぜひお願いいたします🌟)

ありがとうございました。

今日も有意義なお話をありがとうございました。

いつもながら、経済、政治、カルチャーを横断しながら興味深いコンテクストが語られ、心と頭の血肉になる実感があります。

今日はライプ直前に高校の日本史の教科書を本棚から取り出しました。1980年まで現代史がカバーされ、かつ試験勉強をした形跡もありますが、全く面白くなく、ああこれは、教育の体を成していなかったなと改めてため息をつきました。

映像から始まるオープニングがとてもよかったです。円谷氏の映像と、遺書の朗読がパンチが効いてました。日本人の農耕民族性が狂った形で個人を不幸にしていく構図は全く変わっておらず、むしろ加速しているように思えます。

日本の若者が世界の若者と同時代を共有していた時代が確かにあったというのはエキサイティングな学びでした。インターネットもなかったのに!情報技術が人を分断していく姿は、時代の生き証人として見つめ続けようと思います。

今日もお疲れ様でした。第三回も超絶楽しみにしています!

 高校一年生です。中学生のころ、早い段階から3科目の私立高校を目指していたため、国語数学英語の三教科しかほとんど勉強しておらず、今回出てきた過去の出来事についてほとんど分からないことばかりでした。また、よしさんが話していた言葉{語彙}も分からないことが多く、理解することがとても大変に感じました。

 印象に残ったことは、聖火リレーの始まりがヒトラーのベルリンオリンピックだったということです。ヒトラーという強烈な悪魔のような人間が政治利用のために始めた聖火リレーを、今でも平和の祭典オリンピックに大切な儀式として続いていることはおかしいなと思いました。

 今回、歴史の知識や語彙不足のせいで話の内容を部分的にしか理解出来なかったので、たくさん勉強の時間や機会のある高校生、そしてその後の大学生の間にたくさん学ぼうと思いました。特に日本では勉強してる印象がない大学生の間に周りに流されずたくさん学びたいと思いました。

Yoshiさん、今日もありがとうございました。60年代や70年代に思いをはせながらお話聴きました。出てきた固有名詞を知らなかったことが多くて、全く勉強してなかったことを再確認してしまいました。

私はどんな時代に産まれたのか、どんな中で産まれたのか、少し雰囲気をうかがい知ることができました。ある時期まで、日本も世界の中で世界に同期してたというのは驚きでした。それが今日本だけここまで外れてしまって、その過程、原因を考えたいと思いました。反体制への抵抗を同じように経験して、欧米が進んでいった道と日本はどうして大きく変わっていったのか、学べたらいいなと思いました。次回のライブも楽しみにしています。

Yoshiさん、お疲れ様でした。ありがとうございました。

今日もありがとうございました。アメリカ、フランス日本の学生運動を並列に考えた事はありませんでした。40年以上経って繋がりが強くなるどころか国ごと蛸壺化が進んでしまったことは、英語が話せないだけでなく他国のリーダーが集まる場で求められる振る舞いすら分かっていない(おそらく必要性も理解できていない)老人を国の代表としてしまったことからも明らかです。

どこかにここへ至る分岐点があったのでしょうか。近代化と国際化には密接な関係があり、そうすると本当の意味で近代化を果たせていない日本には蛸壺からの脱出は難しいのでしょうか。 そんな事を考えています。

いつも学びをありがとうございます!(から始まる、私の感想)

私は、60年代後半の、円谷選手が自死した約3ヶ月後に生まれました。

その前後の日本は、欧米の世情とリンクしていて、その当時の若者が、自分の意見を持っていた時代だっただと今日のYoshilog Liveで知りました。

60年代後半に10代後半〜20代だった人たちの親世代が戦争体験者だったのも何か関係するのでしょうか。 と、思いながら、先程、ヨシさんの作った年表にあった『「壁と卵_–_Of_Walls_and_Eggs」.pdf』 を、読んで、やっぱり何か関係するんだろうなと確信に近い変な自信を持ちました(笑)(間違っているかも。。。?😅)

「3代目が身上を潰す」ではないですが、戦争体験者から3代目に当たる私達が10代後半〜20代になる頃には、平和ボケが完全に浸透していたのではと感じます。

 私たち世代から、多くの若者が卵側ではなく、壁側についてしまったのではないか。だから、世界を変えられなくなってしまったのではないか。 締めくくりの部分を読んで、そう感じました。

先週のYoshilog Liveから、モヤモヤを感じています。 それが何なのか、今後のYoshilog Liveでの学びから、導きだせればいいのですが、それだけではなく、本からも学ばないといけないなと、感じた次第です。 あぁ、若い頃から、本を読む習慣を身につけていれば良かった。

次回のLiveも楽しみにしています!

ありがとうございました!

今後もよろしくお願いいたします!

今回は焦点の絞り具合がとても絶妙だったと思います。第3回は深遠なテーマですが、ユダヤ人とは何か、などいろいろな定義から始める必要があるように思いました。

歴史の中で起きた事件を、単にそれぞれの事象として捉えるのではなく、映画や音楽など文化的な側面からも包括的に考えていくと、よりその時代が理解できるのだと学びました。

私は今までは一つ一つの出来事の名前を暗記することに躍起になって、なぜそれが起こったのか、そしてその時代背景等、あまり構造的に理解してきませんでした。例えば石油危機も、もちろん名前は知っていますが、どうしてそれが起こったのか説明しろと言われても、できないです。恥ずかしいですが、私は歴史をフワフワとしか捉えられていないのだと思います。

アパルトヘイトにおいて、世界から非難の声があったという一方、日本は表立って批判するポジションを取らなかったということですが、それは日本が経済成長を通して調子に乗っていたからなのか、それを批判すると日本にとって何か都合の悪いことががあったからのか、もともと優生思想的なメンタリティを内包していたからなのか・・・どうしてなのか後になって気になりました。日本は今も人種差別について、あまり大きい声で言及しにくい土壌であると感じますが、当時も似たような雰囲気であったのでしょうか。

もしまたウェビナーの機会がありましたら、日本と中韓、その他アジアとの間の歴史において、国内でよく「自虐史観」と指摘されるものについてお話伺いたいです。

今、のびたり縮んだりする年表をみながらゆっくり自分のペースでおさらいしています。

今回は内容が一層濃く感じました。

私的には、ちょうど自分がうまれ育った時代。あの時代を謳歌し飛躍した命もあれば、露と消えた・消された命もたくさんあるということが全体を通して印象深かったです。

オリンピックはいつからか、運動の祭典とは別の意味合いのほうが強くなっているんだなという印象も受けました。

「”客観的事実”は妄想の産物ではないが、無限の”客観的事実”から”歴史的事実”が形成されるという過程は主観の産物であるということ、主観は人間の頭の中から発生したとしても、その人間は逃れられない”客観的事実”の中にしか存在できない」

Yoshiさんが告知に書いていたこの言葉を深く理解したいとずっと考えていたので、夕べのライブでは特にそういうことが印象に残ったのかもしれません。

動く年表を前回初めて見た時に、アインシュタインってこういうことなのか?と思いました。

クリックすると説明だけでなく、動画で音楽や映像もながれてきて、ちゃんと脳にスティックする感覚。歴史をなぞる時、膨大な出来事はただの詰め込み暗記になって流れてしまうことが多いと思うのですが、この年表だとちゃんと残ってくれるから自分の知識、血肉になってくれる感じがします。

昨日は夜遅い時間に一日最後の片付けものをしながら、疲れでうとうとしながらだったけれど、年表を手に入れることができたのでやっぱり参加してよかったと思いました。年表と一緒に楽しくリビューさせていただきます。 自分なりに「歴史をしてる」と実感中です。 ありがとうございました。

知らないうちに猫が画面に触れて挙手していたので、名前を呼ばれても状況が理解できなくて大汗をかきました。せっかくなのでお礼を直接言葉にするくらいすればとよかったと後悔しました。すみません! でも、直接質問できるんだ!、ということを知ったので、今後もしも疑問があったら聞いてみたいです。

豊富な資料とお話しをありがとうございました。

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