漓江の渡し船に乗った

「中国人はうるさい」→「出ていけ」って発想をちょくちょく見かける。あれも井の中国家の賜物ではあるが、蛙に寄り添って考えてみると、うるさいと思うのは、中国語が怒ってるように聞こえるというのもあるかもしれない。

各言語の響きというのは、日本人にはキツく聞こえたり、やわく聞こえたりするがそれと内容は別だ。

ドイツ語やアラビア語も怒ってるように聞こえるが普通に話してるだけだし、タイ語やベトナム語は子守唄のように聞こえるがあれも普通に話してるだけだ。

陽朔に行った時、漓江の東岸に逗留していた。街の中心部は西岸にある。車か徒歩で行くなら橋のあるとこまで大回りをして行く。

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余談だが、日本人は漢字を知っているので地名を日本語読みできるが、それがかえって障害になる。聞こえた通りに繰り返すと通じた。カタカナの部分が僕の耳が聞き取った音なので正確ではないと思う。
桂林(けいりん)は、グイリン(Guilin)
陽朔(ようさく)は、ヤンショー(YangShuo)
興坪(こうへい)は、シンピン(Xingping)
漓江(りこう)は、リージャン(Lijiang)

宿の人は英語が普通に喋れた。武漢出身の若い女性で深圳で9年間働いた後に都会の生活に疲れて陽朔というど田舎に来たと言っていた。

すごく自然な英語を喋るのでどこで英語を学んだの?って聞くと、テレビでと言っていた。英語を教える学校には行ったことがないと。驚愕するとこだが、こういう返答はあちこちの国で聞いたことがある。インターネットで、つまりYouTube でという返答もよくある。

英語に限った話ではない。タリバンたちや他のアフガン難民はみんなウルドゥ語が喋れた。彼らはパキスタンの難民キャンプで生活する間に、テレビでインド映画を毎日見てヒンディー語/ウルドゥー語を習得した。

「言語の習得=学校」というのは、極めて狭い見方だと思う。古代や中世の大旅行者は行く先々でコミュニケーションを成立させていた。通訳という職業も発生していたそうだが、それだけではないだろう。

宿の女性は、深圳の会社では上司が香港の人で取引先も香港人だらけでみんな英語喋るから自分も英語喋らないと仕事出来なかったと言っていた。

その女性に、川の向こうの西街を見に行きたいというと、渡し舟があることを教えてくれた。一回80円で西岸まで連れて行ってくれるらしい。

宿は漓江のすぐそばにあったので川岸に降りて行くと、小さい船がいっぱいある。どれが渡し舟か分からないし、誰もいない。どうしたものかと思っていたら、お爺さんが一人歩いて来た。腕を身体の後ろで組んで前屈みになってとぼとぼと歩いてる。

ダメもとで英語で川向こうに渡りたいんだけどというと、中国語でなんか言ってる。ついてこいと言ってるような気がして、お爺さんの後をついて行った。2人で草いきれの中を歩いてる間ずっとお爺さんは何かを中国語で喋ってる。いや、ここはチワン自治区なのでチワン語かもしれない。僕が理解出来ていないだろうことは気にならないらしい。

やがてお爺さんは止まって、桟橋のようになっている石畳の一つを指差した。そして、そのまま歩き去った。不思議なコミュニケーションだった。

その桟橋でしばらく立っていると向こう岸から一隻の船がこちらに向かって来た。おーあれかとちょっと興奮した。小さいが10人くらいは乗れそうだった。

こっちの桟橋に着くと、中からバケツを持ったおばさんが出て来た。船から降りて石畳の上で洗濯を始めた。え?これは渡し舟じゃないのかと思った。おばさんはバケツの中の衣類を一つずつ出して白い粉をつけてゴシゴシ洗ってる。

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洗濯をするおばさん

やや不安になって船の中にいるもう一人のおばさんにこの船はあっちの岸に行くのかと英語で訊くと首を縦に振っている。船頭らしきおっさんは、こちらの存在を全く気にもかけてないようでタバコを吸っている。

みんな洗濯が終わるのを待つ時間が流れ始めた。僕も船べりに腰掛けて水の音を聞きながら桂林の絶景を見て洗濯が終わるのを待つことにした。悠久って言葉がぴったし合いそうだった。

やがて地元の人らしき母子が一組来た。乗客はこれで3人になった。おばさんの洗濯が終わり、船のエンジンがかかった。 乗員らしき方のおばさんがQRコードの書いてあるプラスチックの盾みたいなものを指差した。渡し舟もキャッシュレスだった。

その日から何度か同じ渡し舟に乗ったが、同じおばさんが必ずバケツ一杯分の洗濯を東岸でしていた。西岸では決してしなかった。洗濯のベストスポットが東岸の石畳にあるに違いないと思うことにした。

宿を出た瞬間から、誰も英語を解さないし、僕は中国語(あるいはチワン語)が全く分からないが、コミュニケーションがあるように感じる不思議な空間だった。


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